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2011年1月30日 (日)

四万温泉探訪(1)

学生の時、友達と春休みに四万温泉を探訪した。

当時未だ国鉄だった普通電車を乗り継いで吾妻線、中之条駅下車、バスで30分位、四万温泉に到着。予約していた国民宿舎の方へ緩い上り坂をブラブラ歩いて行った。沢筋には未だ雪が残っていた。道路の端は斜面からの水分で少し濡れていた。2人で歩いていたが、時間帯の為か路上には殆ど誰も居なかった。

56分歩いて行くと、道端でお婆さんに声を掛けられた。家は道路から一段高くなっている所に建っていた。誘われるままに、お宅にお邪魔した。最初はお茶とお菓子が出た。若いからお茶よりお酒が良いでしょうと言うことで、小さめのジョッキに(それも何となく少し綺麗じゃない)日本酒が注がれた。勧められるので飲んだ。お菓子より漬物が良いでしょう、とい事でタクアンとピーナッツが出て来た。それをつまみに、昼下がり見ず知らずのお婆さんの話を聞きながら学生の2人連れが、炬燵で四方山話を聞く。後で2人とも安達ヶ原の鬼婆の事を考えたとか、注文の多い料理店の話を考えたとか話し合った。

その内、こちらは少しお酒が回ってきて、警戒心も薄れて来て、そのお婆さんの話を「ああ、そうですか」「ええ」とか言いながら1時間半ぐらい聞いていた。

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2011年1月28日 (金)

貫井神社探訪(2)

神社を巻いて崖線の上に出る細い坂道の袂に出たら、ある時、お爺さんに話し掛けられた。

「そこの若いの」俺の事らしい、全然若くはないが、その爺さんから見たら、とっても若いらしい。「済まんが、この自転車を上まで押していってくれまいか」確かにこの坂は崖線を可成りの角度で登るので、歩いて登るのもそれなりに大変だ。まあ成り行きだ、お爺さんから自転車を貰って、少し先行して自転車を押しながら坂を上り始めた、その横をお爺さんが歩くほどは道は広くはない。「昔はこの坂も押して登れたのだが、今はとっても登れない。特に数年前に屋根から落ちて怪我をしてからは、全く駄目になった。邪魔な枝が有ったので、屋根に登って枝を切り落としていたら、反動で枝ごと下に落ちてしまった。当時は未だそんな事は平気だった。今は94でもうそんなことも出来なくなってしまった」何というスーパー爺さん。

ちょっと汗ばんで崖線の上に着いて、下から登ってくるお爺さんを待った。お爺さんは息を弾ませながら、登ってくる。登ってきたお爺さんに自転車を渡すと「有り難うさん」と言って、少し自転車を押して勢いを付けてからかなりぎこちなく自転車に乗った、乗ってしまえば安定して、ドンドン先に行ってしまった。こちらは口をあんぐり、とてもじゃないが、自分はあんなに元気であんな年まで保つとはとても思えない。

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2011年1月24日 (月)

貫井神社探訪(1)

自分が住んでいる集合住宅は峨々たる() 国分寺崖線上に建っている。多摩川の河岸段丘であり、武蔵野台地の南端である。その建物から出て、崖線の下部から中間に掛けて細い路がウネウネと続いている。崖の所々に湧水が有る。この地方では崖線の事を「はけ」と呼んでいる、湧水が有ると言う連想もくっついているようだ。

そのはけの道を西に暫く行くと、貫井(ぬくい)神社にたどり着く。物の本によると、400年ぐらい前に創建された別の場所にあった厳島神社と稲穂神社を合祀して現在地に移ったらしい。因って祭神は2柱。市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)、日本神話の水の神、後に弁財天と同神になってしまった。もう一方は大己貴命(おおなむちのみこと)、つまり大国主命。

その神社から湧き出る水を利用した50mプールが有った。なんせ湧水なものだから、冷たいのが玉に瑕。泳いだ友達から聞いたところに因ると、夏でも最初入るときは根性が要った。体が冷えて気持ちが良いが。たちまち唇が紫になって長い間は泳いでいられなかった。昭和50年頃に役目を終え壊された。今は駐車場に成っている。

そのはけの道は車も殆ど通らないので、自分の散歩道の1つだ。崖線の上の方は鬱蒼とした森で、冬は北風が当たらず、日が差すので、冬の散歩にはうってつけ。やや高く、南側に視界が広がって気分がよい。夏は少々暑いかも知れない。

そんな所を散歩して、神社に参拝して、池の亀やら鯉などを見る。幸運ならカワセミが見られることも有る。神社横の雑木林には神域に付き、犬連れの散歩はご遠慮願いたい旨の看板が有る、それも気に入っている。

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2011年1月20日 (木)

かずら橋探訪(4)

次の日は四国第二の高峰、剣山方面への道を適当に歩いてより田舎の方に行った。登山が目的ではない。山間の田舎っぽい景色を愉しむためである。暫く行くと校庭で子供達が野球をしていた。放課後みんなで遊んでいる風だったので、仲間に入れて貰い、暫く一緒に野球をした。今思えば大学時代って、夢の様だったけれど、大学生の頃は、中学生とか小学生は、戻れたら戻りたいそんな時代だった。勉強はそんなに出来なかったけれど、学校は楽しかった。学資や生活のためにアルバイトも沢山した。そんな良い時代にいて、その時に知る人、それ賢者。自分なんかにはとても及ばない、遠く過ぎ去ってやっと微かに知る程度だ。

適当に時間で半分ぐらい行ってから、今度は戻り。道は概ね下り。9月の天候は良く、楽しい1日で宿に戻って二回目の夕食。何を食べたか全く覚えていないが、山間部らしい料理だった。2人の食卓に、未だ頼んでいない冷えたビールが2本。女将さんがニコニコして説明するには、2人組の男性が朝、出掛けるときに我々にと言って料金を払って行ったとのこと。お礼を言う相手はもう居なかったが、感謝して2人でご馳走に成った。

あの2人は、もう鬼籍に入ってしまったかかも知れないけれど、自分も時々お思い出していたし、友達も時々思い出していた。あんな感じで学生時代からの友人と旅をしたいものだ。冷たいビール美味しかったです、有難うございました。

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2011年1月18日 (火)

かずら橋探訪(3)

民宿の前の道は軽自動車がやっと通れるぐらいの道だった。宿の女将さんに因れば、彼女が若いときは、そんな広い道じゃなくて、歩く道より少し広くて舗装もしていなかったとの事。勿論自動車も走る事が出来なかった。今はきっとその上までずっとバスが通れて、所々に大型バスがすれ違えるくらいの待避所が付いているのだろうと思う。彼女は今の自分より少し若い位の年齢だった。

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2011年1月12日 (水)

かずら橋探訪(2)

着いた時間、かずら橋を渡るのは有料だったので、無料で渡れる翌早朝渡った。下がスケスケで見えて足を踏み外しそうでそれなりに恐かった。友達の方は、高いところも危ないところも普段は平気なのに、下がスケスケの吊り橋は、苦手風だった。ちょっと揺れたら、「揺らすな」と宣っていた。ワイヤーで補強してあったので、切れる気はしなかった。戻りに1人で渡って、向きを変え上流の方を見たら、川原で働いている人達が居た。かずら橋の直ぐ下流にコンクリートの橋が有った、その橋も渡って戻った。近辺は谷のように成っていたが、少し下流から川原に降りられた。大きな石がゴロゴロしていた。水は比較的少なかった。大きな鮎が沢山釣れると民宿の女将さんが言っていた。確かに一泊目の夕食に出た鮎を見て、“鯖みたいに大きな鮎だ”と思った。

河原を登ってゆくと重機を使って働いている人達の傍まで辿り着いた。俺たちをからかって、「どれでも好きな石を取ってやるぞ」と話し掛けてきた。庭石に使う石を取っていると言うことだったが、「置く所が無いから要らないよ」と言ったが、「持ってきてくれるなら、貰っても良いよ」とも言った。退屈だから話し掛けて呉れたのだろう。建築ブームでもあったし、庭石の需要は沢山あったのだろう。自分は庭石にはろくに気づきもしなかった。疲れたときに腰を下ろす台位にしか見ていなかった。今だったら、庭はないけれど、この石をこう置いて、これはこっちに向けて、等と仮想の庭に置いてみるかも知れない。

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2011年1月 6日 (木)

かずら橋探訪(1)

昔、学生の時、友人と2人で旅行をした。四国の田舎を電車、正確に言えば電車じゃなくて、ジーゼル機関車に引っぱられている列車だったかも知れない。勿論鈍行で、四国の山と川の狭隘な山間部を走る土讃線、多分阿波池田で下車して路線バスに乗り、終点まで行き、そこから少し歩いた気がする。西祖谷のかずら橋の袂に有る民宿に着いた。当時かずら橋は、そこにしかなかったはずだが、遠い昔は『かずら橋』は方々に有っただろう。

電車内は空いていた。長距離を鈍行で移動する人は少ない。短距離で一時的に混んだりはしたが、車内は比較的のんびりしていた。景色を見ながら友人と雑談して楽しかった。今の自分と同じぐらいの年配の男性2人組の姿がチラチラ見えていた。民宿で夕食の時、その2人組も宿泊客だった。特段話をしたわけではないが、先方も今の我々と同じで、若いときからずっと友人だったらしいことは分かった。当時はそんな先の事は考えもしなかったけれど、もうボチボチそんな年齢になりかけている。最近一緒に旅行はしていないけれど、その内、暇を見つけて、又2人で旅行したら、昔の事どもも色々思い出すだろうと思う。

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2011年1月 4日 (火)

初めての海水浴(2)

大人達は久しぶりの海水浴場に来て、波打ち際に座って雑談。それ程話すわけでもなく、チリポリと話す程度、午後に来たので、海を見ていると少し眩しい。魔法瓶に入った、粉を溶いた冷えたジュースを飲んでいた。

子供は一人で、浮き輪を着けて、海水浴。楽しくてしょうがない感じで、時々何かを話ながら、倦むことなく遊んでいる。12度、浮き輪を着けたまま、波に巻かれて、上下が逆転したが、直ぐに立ち上がって、元の体勢に戻った。顔が嬉しさで一杯である。

一度だけ上がってきてジュースを飲んだ。

「海の水ってすっごいしょっぱい」

「誰がこんなに塩を入れたんだ?」

従兄弟の子供も甥も初めての海水浴は同じ様な年頃で、全く同じ感想だった。彼らは2時間ほど、タップリ愉しんだ。暫く家人には繰り返し、その海水浴の事を話していたらしい。彼らが海水浴の間、大人達は、全員が一瞬も彼らから目を離さなかった。

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2011年1月 1日 (土)

明けましておめでとうございます。

今年も昨年同様、時々更新します。

今年も宜しくお願いいたします。

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