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2011年3月27日 (日)

電車の宙吊り広告

計画停電やら、電車の間引き運転やらで、何となく自分は浮き足立ってしまった。放射能汚染された野菜とか牛乳、水道水。過剰に反応することは無いが、全体的に気分は良くない。東電の福島第1原子力発電所も、凄く危なく、累卵の危うき。

自分は今短い通勤の電車内で暇潰しに、宙吊りや、荷物置きの上壁の広告を見て時間を過ごしている。特に雑誌の広告、それに惹かれて買うこともあるが、大抵はさわりで満足して買わない。昔は雑誌類を相当量読んでいたが、最近は余り読まない。寄って、電車の宙吊り広告を前より読んでいる。中身は読んでも実際そんなに大したことは無い。どんな話題が有るかを確かめられればよい。後は大抵ネットで読んで良いことにしている。

この頃(20113月下旬)その電車の広告がめっきり減った。電車一両に、宙吊り広告を吊すハンガーは82列付いている。両端は片側だけだから都合で22(裏表)x62x2(片方だけ)=28枚の広告が吊せるが、最近は数枚しか吊されていない。荷物置き場の上の張り付け広告も殆どが空だ。どう言うメカニズムが働いているのか大体の想像が付くが、仕事量が大幅に減った人達が多いことだけは直ぐ解る。何か不景気にまっしぐらみたいで嫌な気分だ、寂しくもあるし。でもまあ、放置されて、無効に成った若しくは期限切れに成った、週刊誌で言えば、先週号の広告が無いと言うことは、しっかり働いている人も居ると言うことで、それはそれで良いことなのだろう。

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2011年3月25日 (金)

四万十川沈下橋探訪(4)

宿には温泉が有った。夕食前に入浴、岩風呂で自分は気に入った。風呂に居る間他の客は1人も来なかった。ゆっくり入った。晩のお膳には量も種類も沢山ありやっとのことで食べ終わった。カツオのタタキは野菜もタップリ盛られていて山盛り有った。

1人でお膳に向かっていた初老の男性は、その時こんなに食べられないからと言って箸を付ける前にカツオを丁寧な言い回しで主人に半分戻していた。その人はお遍路さんで、次の日朝早く出た。宿の誰かが昨日の続きの場所に送っていったようだった。多分第三十七番岩本寺と第三十八番金剛福寺の間に寄ったものだと思う。もう少し彼の話を聞く機会が有れば良かったと思う。

その宿は巡礼の道からは少し離れているので、お遍路さんは少ないとのこと。例年なら鮎釣りのお客が多いが、その年は渇水の為に、釣り人も格段に少ないとの事であった。

もし釣り客が沢山いて、沈下橋からそれが見えたら、壮観できっともっと長い間見ていたと思う。

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2011年3月21日 (月)

四万十川沈下橋探訪(3)

その年は例年になく雨が少なく、四万十川も水不足とのこと。とっても愛想の良い宿の主人に、四万十川の沈下橋を見に来た、と言うと、宿の軽トラックを貸してくれた。当時は全くのペーパードライバーだった。不安がる家内を乗せて早速出発。10分ほどで、三里沈下橋到着。車で渡れることになっていたが、そんな根性は無いので。橋の少し手前にあった空き地に駐車して、歩いて渡った。ちょっとよろけると川に落ちそうで橋の真ん中を歩いた。深い谷の中にあった。橋を途中まで行って、欄干が有るべき所に、座って足をブラブラさせながら、川面を見た。水面は直ぐ下、流れがサラサラしていた。水面がキラキラしていてその時魚影は見えなかった。広い川幅で上と下に開けていて気分が良かった。暫く行ったり来たりして愉しんで宿に帰った。

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2011年3月17日 (木)

四万十川沈下橋探訪(2)

予土線の土佐大正駅で下車。予約した宿は大正温泉で駅から23キロらしいので、駅で適当な地図を貰って歩き始めた。四万十川らしい川が見え隠れする道路をキャリーバッグを引きながらやや汗ばんで歩いた。バイパス有り旧道有りトンネル有りで、近いのか遠いのか訳が分からないまま、そろそろだと思っていると、大きな大正温泉の看板を発見。あな嬉し。

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2011年3月15日 (火)

四万十川沈下橋探訪(1)

沈下橋は地方によって潜水橋とか沈み橋とかその他諸々の名前で呼ばれているらしい。長い間この目で見てこの足で渡ってそこらの景色を見ようと思っていた。四万十川固有と考えていたわけではないが、何となく沈下橋なら土佐の四万十川と言うことで、ある時思い立って高知県へ。

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2011年3月 9日 (水)

草津共同浴場探訪(3)

帰りは又草津温泉バスターミナルに。建物の中に有る温泉資料館を見学、順序が逆になってしまったが、草津温泉の歴史や観光案内があり大変参考になった。その中で最も驚いたのは、草津温泉が志賀高原と背中合わせに成っていて、直ぐ近くだという事実を発見したこと。志賀高原には何回も行ったことが有るけれど、一山越えれば、草津温泉が有るなんて想像したことも無かった。その距離はたかだか20キロ程度。全くビックリ仰天。ここら全体として見れば、『日本ロマンチック街道』というのも意味があるように思えた。

いつも旅行は電車かバスツアーなので。偶にこういう事が起きる。

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2011年3月 3日 (木)

草津共同浴場探訪(2)

昨夏は異常な猛暑で有った。当日も下界は猛暑。草津温泉も例年より相当暑かったらしい。平年ならきっと清涼な別天地という感じなのだろう。バスで温泉地に近づくにつれ、別荘風の建物が散見された。屋外に出ている人々は殆ど見かけなかった。

昼食後幾つかの施設を回って見物終了、準備が出来た。初めての共同浴場。最初覗いたところは、大変混んでいたのが解ったので止めた。ブラブラして、感じの良い共同浴場を見つけたので、そこにした。地獄の湯と言う。勝手が分からない。廊下みたいな土間を通って小さな玄関の前に出た。中に入ったら又直ぐ扉、そこをそっと開けると直ぐ何人か入っている風呂場が見えた。予想外の物が見えて、たじろいで一旦は閉めたが、湯船の前に脱衣所と、靴を置くところが有るのが見えた。気を取り直して、心の準備をして、デイバッグを背負ったまま中に入り、準備をして風呂に入った。熱くて自分好みだった。56分入っては、上がって板の間で休み、又56分入っては、板の間で休み、1時間ぐらいしたらすっかりリラックスしてしまった。

着替えて玄関から出て、土間を歩いているとき、風采の良い、少しにこやかな初老の男性とすれ違った。浴衣を着ていたから近所のホテルに泊まっているのだろう。「熱かったですか」「ええ、熱くてとっても良いお湯でした」「ここは熱いと聞いたので」「良いと思いますよ」

すれ違いざまだったけれど、ちょっと親しみのある話が出来て良い思い出に成った。二十軒近くの無料の共同浴場は、基本的には地元の方用だと言うことだが、誰にも開放されていて誠に有り難い。又行きたいものだ。

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2011年3月 1日 (火)

草津共同浴場探訪(1)

去年(2010)の夏、草津温泉を探訪した。

最寄り駅から、JR吾妻線長野原草津口往復は青春18切符。これは1日定額で安いから良い。昔に比べたら条件は悪くなったが、自分にとっては、さほど影響はない。金額は昔と同じだと思う。

そこから草津温泉駅までのバス往復は結構な値段で有った。

北関東の水田や畑作地帯が延々と続く景色は、家並みもそれなりに途切れないで変化が乏しく眠くなる。

バスから見る景色は山間部で自分の好みでは有ったけれど、『日本ロマンチック街道』というにはちょっと地味な感じ。新緑や紅葉の季節はもう少し印象は違うかも知れないけれど。

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