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2011年4月29日 (金)

秋田駒探訪(5)

夕食後一段落して、オジサンの運転する車で出発。暫く市街地を走って間もなく登山道方面へ。この辺りからかなあ、と言うところに、『危険に付き、立入禁止』の様な事を書いてある看板付きのバリケード、車から降りて、なんの躊躇いもなく、それを寄せて、一旦車を通過させてから、又元通りにして、登山道を上り始めた。道幅は狭く、デコボコで、所々に水の流れた轍が有って走りにくいが、30分位走ったろうか、昔休み屋などが有った広い場所に到着。昔歩いたときに比べたら、たちまち着いたと言う感じ。

オジサンは車で待っていると言うことで、我々3人は月明かりの下を登り始めた。懐中電灯も持っていたが、実際は余り役に立たなかった。匍い松に踏み込んで転びそうに成ったことが何回か有った。小一時間歩いて、噴火を眼下に見るところに出た。距離も適当で、噴火しても危険は感じなかった。そもそもそこにいるのが危険と言うことを除けば。

噴火して溶岩が流れるのを撮ったり、噴火してから先端が適度なところまで落ちるまでを撮ったり、何十枚も写真を撮った。噴火口に近いものだから、噴火の度にごく狭い範囲に起こる火山性地震で、足下が揺れた。後で撮った写真を見たら殆どが揺れていた。

暫く撮って寒くもなってきたし、写真も沢山獲れたので、来た道を戻った。戻りもやはり、匍い松を踏み外して何回か滑落の危険に有ったが、当時はそんな危険とも思わなかった。自分の手は冷たくなかったが、手が冷たくなった人も居た。迷わずオジサンの車に辿り着いた。噴火の様子をオジサンに報告しながら帰宅して休んだ。

翌日折角来たのだから、少し遊んでいったらと言うオジサンの言葉に甘えて、朝食後、近くの里山に行って、栗拾いをしてから帰った。

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2011年4月25日 (月)

秋田駒探訪(4)

(2)   火山見物

高校生の時に、秋田駒ヶ岳の女岳が噴火した。麓の町に友達の親戚の人が居て、泊めて貰えると言うことで、見物に行こうと言うことになった。

準備して土曜日、2時間目が終了した時点で学校を早退して、我々3人は駅に向かった。電車の中では興奮してとっても楽しかった、たちまち下車駅に着いた。夕方その泊めてくれる家に着いた。夕食をご馳走になった。友達は甥でも我々2人は単なるその学校の同級生。にもかかわらず歓待して貰った。今だったら想像も付かないが、当時はそんな事は平気だったのだろうと思う。何を食べたかは全く覚えていないが、美味しくていつものようにたくさん食べた。

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2011年4月21日 (木)

秋田駒探訪(3)

前の日に、テントを張るとき最も安全なもっとも水が少ない平面を選んでテントを張ったので少し小止みになるまで、兎も角ジッと待った。暫くして夜が明けた。一旦止んだので外に出てみた。登山道を挟んで沢筋を見てびっくりした。テントを張ったところより平滑でちょっと広いところが有ったのだが、水が出たら危なそうなので止めたところは、1メータ以上の嵩の濁流が流れていた。そこにテントを張っていたら、良くて体だけ脱出、悪くて濁流にのまれて死亡か大怪我。

又激しい雨が降ってきたので、テントに待避。みんな無口でジッと座ったり少しばかり横になったりして時を過ごした。お腹が空いて軽く食事をした。昼過ぎだったろうか小止みになったので少し登って、辺りの様子を見てから、下山し始めた。登山道はもう水も余りなかった。水で洗われて、表面が崩れやすく歩きにくかった。雲が早く流れて、3人が接近して歩いていたがそれさえも見えなくなるので、そんな時は、声を掛け合って見える距離まで接近しながら歩いた。やっと午後遅く町にたどり着いた。なけなしのお金を叩いて、安い旅館を探して素泊まりした。温かいお風呂と暖かい布団。翌朝朝食後電車を乗り継いで家に帰った。初めての山登りらしい山登りだったのに、酷い雨にやられた。学ぶことが多かった。帰ってから色々思い出しながら、採集した昆虫を整理した。

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2011年4月19日 (火)

秋田駒探訪(2)

テントに入って横になった。雨がポツポツ降り始めた。雷鳴が段々近づいてきた。時々稲妻が光る。疲れたいたので、友達は直ぐに寝入った様だった。自分は妙に興奮が解けなくて、楽しく暫く寝付かれなかった。その内息が大きく、少し荒くなり、ゆっくり奈落に引き込まれるように寝入った。

数時間寝て、雷鳴、豪雨の音、背中の下を走る水の冷たさで目が覚めた。友達はとっくに起きて、テントの中で座っていた。自分は1番遅く目が覚めた。テントの下は、薄いシートの下を数センチの水が流れていた。その上にマットを敷いて、寝袋に入って寝ていた。辺り一面川の様に水が流れ身動きが取れなかった。風はさほど無いが、出歩ける天候ではない。雷鳴と稲妻がほぼ同時に起きた。体の毛が静電気に引き寄せられるような、皮膚がザワザワッとした感じがした。テントの周りは浅い溝を掘り巡らしてあるが、全く効果がなくなる豪雨になってしまった。眠れはしなかったが、又少し横になって休んだ。

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2011年4月13日 (水)

秋田駒探訪(1)

(1)   昆虫採集

高校生の時、近所の友達とテントを持って秋田駒ヶ岳に昆虫採集に行った。

登山道の木々を見て歩き、採集をしながら夕方まで登って、野営地についた。といってもなんの変哲もないところで小さなテラス状の地形が有るだけ。後で知ったのだけれど、もう少し上には、昔休憩施設が有った広場が有った様だ。

簡単な夕食を済ませて、夜間採集の準備。縦1m、横2mぐらいの薄い白い布を垂直に張って、片方から電池のカンテラで照らす。後は集光性の虫が飛んでくるのを待つだけ。

空は曇り真っ暗な中で、そこだけが明るくちょっと離れて見ると幻想的。そこだけが別世界のような感じ。当時未だそんな言葉はなかったが、テンションが上がった。袖から大きな舞台に上がった感じがした。

ガやカトンボの類も来るが、目的の甲虫類が沢山飛んできて、中々盛況。昆虫採集自体も好きだけれど、それに付随した色々な動作、作業が実際は好きな気もする。地元でも、時々同じ事をして、それはそれで楽しかった。地元の時はカーバイドの光でやったことも有る。

全く人気のない秋田駒ヶ岳の山中でやるのは世界を征服したような気分だった。夜中までやって満足しテントに入って寝ようとした頃、霧が(実際は雲)出始め遠くに雷鳴が聞こえだした。霧は早いスピードで流れ、本の数メートル先も見えなくなる。雨は避けられない。出来る物は全て厚めのビニール袋に入れて仕舞った。

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2011年4月 7日 (木)

オーロラ見物(3)

それから23年後に、夕方家にいると、外が騒がしい。北の空に、怪しい美しい光が見えるという。多分季節は晩秋で、時間は夕日が沈んで直ぐ、未だ空に青みが残っている頃。何でも見たがりで直ぐ駆けつける自分は、歌橋に走った。北側の欄干で北の空を見た。低い空に、赤みが有る所と青みが有るレースのカーテンのような光が、ゆるく揺らめいていた。当時未だレースのカーテンは実際は知らなかったけれど。みんな一言も発しないで、溜め息の様な声ばかりで、小一時間ほど見ていた。その内段々微かになり、消えた。もう夕闇の世界に成っていた。当時自分は小学校の中学年で、何となく偶にはオーロラが見られるんだ、と思ったが、それ以来自分の田舎でオーロラが見えたと言う話は聞いたことがない。北緯40°近辺でオーロラが見られることは、非常に珍しい事なのだろうと思う。きっと子供の頃に見たあのオーロラが自分にとっては最初で最後の物だと思う。後で見たテレビの記憶で補強されてしまったかも知れないけれど、確かにちょっとこの世の物とも思えない感じだったなあ。天女の羽衣?

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2011年4月 5日 (火)

オーロラ見物(2)

自分が生まれた田舎の家の直ぐ近くを町名と同じ名前の川が流れている。(平成の大合併で近隣の三町が合併して、その新しい町に町内を流れている川の名前を付けた)全長50キロ位で、実家が有るところは河口まで後5キロ位の所で、川岸に家並みが有る。少し下流に『歌橋』というちょっとロマンチックな名前の橋が有る。そこらは、川が北に向かって流れている。それより下流は田圃が広がっている。

記憶が混乱していなければ、自分が小学生の初年の頃、人類で初めてソ連の宇宙飛行士ユーリイ・アレクセーエヴィチ・ガガーリンが、ウォストーク1号に乗って、宇宙を飛んだ。みんな時間が解っていて、多分午後7時頃、歌橋に出て、北の空を見ながら、人工衛星が、北の空を横切るのを待った。

当時は未だ、飛行機が夜の空を飛ぶのを見たことも無い者が大部分だったから、宇宙船が北の空を飛ぶって言ったって、誰もどんな感じかは実際は知らなかった。みんなの話を総合すると流れ星の様に明るく、普通の空の星の様な大きさで、東から西へゆっくり移動するから、見つけられれば、それがガガーリンの乗ったウォストークだというのが誰でも解る、と言う全く漠然とした循環参照しているような話だった。みんなで見ていたら北の空をそれらしい星が、低く横切った。5分程度だったように思う。あそこにガガーリンが乗って居るんだ。見物人はそこに暫く佇んでからそれぞれ家に帰った。

自分の記憶の中では見た事に成っているが、色々な知識が、合成した記憶かも知れない。歌橋から話がドンドン逸れてしまった。自分はガガーリンの事が好きだけれどもね。

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2011年4月 1日 (金)

オーロラ見物(1)

オーロラ(Aurora)はギリシャ神話の暁の女神の名前の英語読みらしい。古代の日本語では赤気(せっき)と言ったとのこと、当時の人が日記に書いていたりするらしいから、オーロラが奈良から見えたことも有ったのかも知れない。

金も暇も無いので、カナダのオーロラベルトの真下に数日滞在して、日中はゆるい観光、夜は居心地の良い施設で温かい飲物を飲みながらオーロラの出現を待つ、なんて言うことはとっても出来ないけれど、実は自分は昔オーロラを見たことが有る。

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