« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »

2011年8月28日 (日)

皮むき器(1)

ナスやヤマイモ、ヘチマ、キュウリなどの皮むきに重宝している。刃が剥き出しに成っているのに、特別に収納する場所は無いから、厨房用小道具を入れておく引出に仕舞ってある。不用意に手を入れて、怪我しないように二段に成っているトレイの下の奥に置いてある。

子供の時に有ったのは、柄が木製で、刃が固定になっているもの、今でも探せば荒物屋に有りそうだ。自分の家に有るのは柄がプラスティック製で、刃が遊動式のもの、2種類有る。

1種類は柄と刃が、直角に成っている物、日本型というのだろうか、刃を手前に引いて皮を剥く物、刃を他人に向けることが無い。

他方は柄と刃が平行に成っている物、非日本型というのだろうか。刃を外側に押して皮を剥く物、刃は自分には向かない、いろいろな角度で使えるので、自分はもっぱらそれを使っている。

柄と刃の角度が45度の物が有れば、もっと使いやすいように思う。今まで見た事が無い。100円ショップで発見したら、すぐ一丁買う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月26日 (金)

食品サンプル(2)

青春18切符で見知らぬ街を歩いて、昼時に比較的混んでいる食堂に入ることが多い。出来ればかなり古く、昔から連綿と贔屓のお客さんが居そうなお店が有れば入りたい。変色して居ても往事が忍ばれる少し変わった食品模型が有れば、有望だ。しっかりメニューを見て、そこの親父さんが若しくは女将さんでも良いが、得意な料理を見つけて美味しく食べることが出来れば、幸運だ。

田舎町にある在り来たりの食堂で古びた一連のサンプルの中に少し郷愁を誘うオムライスのサンプルが有った。その店に入った。そこの親父さんと同じ年配のオジサンがそのオムライスを食べていた。自分もオムライスを頼んだ、コンソメスープとサラダが付いていた。みんな丁寧に作られていて、とても美味しかった。お金を払うとき親父さんと少し話をした。昔修行したときに覚えた料理、嬉しそうに話して丁寧にお礼を言われた。その話を聞いていたオジサンが、「俺は昔からここに通ってこのオムライスを食べて居るんだよ」と言った。親父さんは又この街に来たら寄ってください、色々組み合わせのランチもビーフシチューなどもありますから、何時か食べて貰いたい、と言うことであった。誠実さが感じられて気分が良かった。その街には又行きそうな気がした、そこの料理を食べるために。

旅をして、ほんの少しでも誰かと共感できることが有れば、その旅は忘れられない。

そのサンプルは今、古くて変色していても、最初は新しかった。ご主人、そのお店は当時はどんな感じだったのだろう、心だけタイムスリップして、色々思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月22日 (月)

食品サンプル(1)

食品サンプル、食堂の出窓に飾ってあるカツ丼とかテンプラそばとか、ミートソースとかの模型、正確に言えば、サンプルという言葉は正しくなくて、食品模型というべきなのだろうが、大勢は、サンプルと言っているようだ。

駅ビルの上階や地階にある食堂街で昼食を取るときは、店の前にある食品サンプル、話が混乱しそうだが、本日の定食ぐらいは、『本物』のサンプルの時もある、を見て、食べるかどうかを決めることが多いから、努々(ゆめゆめ)軽んじられない。サンプルが自分の好みに合っていそうでも味とは関連がないけれど。

テレビで何回かそう言う模型を作るところをレポートしていたが、実に上手いものだ。テレビで見た限り本物と区別が着かない。実際食堂の飾り窓で見ても、湯気が上がっていなくて、匂いもしないし、余りにも形が整っているから、本物ではないというのは容易に解るが、全くそれらしくて、偉いものだと思う。

そう言う工場の近くに生まれていたら、高校を卒業してからそこに就職したかも知れない、とちょっと考えることが有る。あれは人を欺くのではなくて、その人のその時の気持ちを正直に出せるように、立体的に絵解きをしているようなものだ。割りとそう言う仕事を自分は好きかも知れない。ちょっと有り得ないセットの定食なんか個人的に創作したかも知れない。自分が食べたいちょっと有り得ない組み合わせの定食。色々創作して蕎麦屋とか、中華料理屋、和風洋食屋に売り込みに行っていたかも知れない気がする。自分が好きなことだったら、かなりださい事も気にせず普通にする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月18日 (木)

照明節電

青春18切符を使って小旅行をする。冬休みの時は、4時頃になれば、かなり薄暗い、曇っていれば、もう夕闇の世界。街を彷徨き偶に思った以上に遅くなるときが有る。

初めての町の薄暗いアーケードの中を1人で歩く。シャッターの閉まったままの所も多い。ブラブラ左右の商店を見ながら歩く。そこに自分の存在感は殆ど無い。子供の頃の思い出の中を歩いている気がする。

商店街の中に近所の人達が買い物に来ている。八百屋の店先に数人が居て、買い物をしている。品物を沢山店先に並べた小さなスーパーに何人かのお客が買い物をしている。レジの人と何やら話してワッと笑ったり、ちょこっと話をして、頷いたり。自分も入って行って、戻りの電車での飲物、ちょっとした食べ物を買う。品物を貰ってお金も払っているが、現実味に欠ける。半透明の様な感じがする。総菜屋にも人が何人か居る。ポツポツとある食料品のお店には、お客が居る。全体的には薄暗いが、その人達の生活の感じがセピアの写真の様だ。そんな町を夕方歩くのは、心が安まる。

そろそろ、飲み屋さんや、食堂も店を開ける。飲み屋の明るい感じのお姉さんが看板を店から出して電気を付ける。食堂のオジサンが暖簾を掛ける。焼鳥屋のオジサンが、白い前掛けをして縄のれんを掛ける。

ヨーシ、今日は一杯飲んでから電車に乗るか。

最近はどの街も節電して、自分が好きな薄暗い地方の駅前の感じが出ている。無駄に明るい街は、人を忙しなくさせる。薄暗い街は人をゆっくりさせる。もっとゆっくり生きたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月16日 (火)

傘の話(6)

(6)   ちょっと良い傘
一本だけちょっと良い傘を持っている、会社へ行くときには使わない。近くで外食するときには、持って行かない、高価なので、紛失したり取り違えたりしたくないから。
雨の散歩の時だけに使う。その傘を差して、近所の遊歩道や公園を散歩する。雨の日の散歩は空気が綺麗で静かで良い。心が自由に好きなことを思い描く。そんな時はちょっと良い傘。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月10日 (水)

傘の話(5)

(5)   傘を上げた。
或る土曜日、床屋さんからの帰り道、小雨ぱらつく最後の交差点で、人待ち顔でウロウロしている人があった。傘は持っていなかった。その時はそのまま帰った。少し遅れて買い物から家内が帰ってきた。例の交差点で、同じ人が未だ居たらしい。気の毒に思い、すぐ家内が再度出掛けて、未だ使えるちょっと古い傘を上げた。彼は、1人で生きて行くのに、自分より少し困難が多いと思われるが、幾ばくかの勇気を付けて、少なくともその日の目的を達したのなら嬉しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 4日 (木)

傘の話(4)

(4)   道端で貰った傘
ボウリングの帰り、横断歩道橋の下まで来たら、急に雨が降り出した。しょうがないなあ、と話していると、「良かったらこの傘上げます、ちょっと曲がってますけど」と声を掛けられた。30歳位と思われる男女2人組が、男性はオートバイに跨って、エンジンを噴かしている、女性の方は跨ろうとして、こちらに気付いて、もう傘不要と言うことで、声を掛けてくれたらしい。一旦はちょっと辞退したが、もう使わないのでともう一度勧めてくれたので、頂いて、その傘をさして帰った。2人は、雨仕舞いをして、手を振って、走り去った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 2日 (火)

傘の話(3)

(3)   旅行中の傘
時たま行く京都方面への旅行に向かうとき、いつものように折りたたみ傘を鞄に入れていた。出がけに朝の天気予報を見ていたら、旅行中を含めてその後も数日晴天続き、ワザワザ鞄から折りたたみ傘と簡便な合羽を取り出して置いていった。
大津の園城寺(三井寺)付近で雲行きが怪しくなり、雨が降り出した、雨の中コンビニを探して、傘を買って園城寺拝観。園城寺の事は殆ど覚えていなくて、コンビニで傘を買って嬉しかったこととワザワザ傘を置いてきて、無用の出費をしたことをくやんだことが鮮明に記憶に残った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »