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2011年9月30日 (金)

カサゴ釣行記(2)

釣りをしていると、隣や近所の人と仕掛けが絡む、お祭りをするという。自分は積極的に手を出して共同で解こうとするが、絡むのはお互い様なのに、誰かが先に上げて解き始めると、見るだけで、全く手伝おうとしない人が多い。どう言うつもりか理解できない、2人で遣れば簡単に解けることが多い。又時に絡みが酷い方の仕掛けを切れば簡単な事が多いのに、他人事のように眺めている人が多い、他人の仕掛けは切りにくい。解けると「どうも有り難う」とは言うが、釈然としない。自分は簡単な場合は解くし、ハリスだけが複雑に絡んでいる場合は自分の方を切ることが多い。又解くときに、魚が付いていれば先ずそれを外して、錘はぶら下げて張りを持たせて、解いてゆけば早いのに、錘を持って風に仕掛けをなびかせて解く人も多く、ガッカリすることが多い。絡むのはお互い様だから、黙りを決め込まないで、隣同士だったら共同で解きましょう。

当日は15時定刻通り沖上がり。20分ほどで河岸について、電車組はクーラー、竿、鞄を持って駅に向かう。釣り宿の最寄り駅は竿を持っている人が多いから、特段の違和感は無いが、ドンドン離れていって、自分の住居に近づくにつれて、日に焼けたオヤジがダサイ格好で、生臭い匂いを撒き散らして、電車にポツンと居るのは異様に感じる人も多そうだ。その日は品川乗換の時、山手線が人身事故で止まっており、重い荷物を抱えて、混雑する駅構内をウロウロしてとっても疲れた。事故に遭った人は気の毒だが、重い荷物を持って混んだ駅構内を彷徨くのは疲れるし気が引ける。コマセにアミやイワシのミンチを使ったわけではなく、餌に鯖の切り身を使っただけだが、普通の人には相当生臭く感じるはずだ。

やっと6時頃帰宅、シャワーを浴びて、道具を洗って、料理の支度。新鮮なカサゴを煮付けと味噌汁で食べた、新鮮だから格別に美味しかった。もっと多いときは空揚げが追加され、大きな物が有るときは刺身が追加される。合掌して海の恵みに感謝。新鮮な魚って何て美味しいんだろう。

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2011年9月26日 (月)

カサゴ釣行記(1)

9月某日、最寄り駅55分発、京急久里浜656分着、駅でお手洗いに寄って、歩いて5分、山○丸に到着。受付を済ませて、ライフジャケットを借用。船上で準備をしながら、持参のおにぎりで朝食。8時定刻出発。15分ぐらいで釣り場に到着、釣り開始。

当日は晴れ、小波、微風、中潮、8時頃干潮一杯で15時頃まで上げ潮。

自分にも他の人にも適当に釣れている。大小様々、カサゴ、オニカサゴ、クロムツ、ササノハベラ、アナハゼ、オキトラギス、等が確認できた。自分はキープサイズのカサゴを10匹ほど確保して打ち止め。沖上がりまで熱心にやった上手な人は、その何倍も確保しただろう。最近は適当な数量で止める事が多くなった。放す事が出来る状態なら、大小交換で小さいのは海へ。勿論食べない魚も丁寧に針を外して海へ。

仕舞った後は、風通しの良いキャビンで昼寝。日陰で潮風に吹かれながら、船上のゆるい揺れで寝転がっているのはとっても気持ちがよい。前日は眠りが浅かったし、当日は朝早くて寝不足で、うつらうつらして夢と現の間でボンヤリ過ごした。

カサゴ釣りはかけ上がりの根回りを狙うので錘、仕掛けの消耗が激しい。自分もその日は10個ほど錘や仕掛けを消耗した。他の人も同じぐらいだろう。全ての釣りが錘をドンドン消耗するわけではないが、東京湾で自分だけでも今まで数百個消耗したと思うから、もう累計数千万個じゃないかと、それで鉛毒の話は無いのだから、海という物は広い物だ。今回使った錘は25号、自分が最も多く行く釣り物で使う錘は、25号か30号だ。錘は1号、1匁(約375g)だから今回だけで約1キログラム東京湾の底に沈めた事になる。合計できっと何千トンもの釣りの錘が東京湾に沈んでいる?か溶けている。それ以上かも知れない。ついでに言えば竿だって携帯電話だって眼鏡だって車の鍵だって一杯落ちている。

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2011年9月22日 (木)

バス停の小事件(3)

そんなやりとりが有ったのも知らないで山下はバス停に着いた。バスの運転手は、出発直前に山下に気付いて、ドアを開けて、山下を乗せた。何事もなかったかのように、安全運転で案内をしながら、いつものようにいつもの人達を乗せて駅に着いた。

その間乗客のひそひそ話から、山下は乗用車の運転手が逆ギレして、バスの運転手に難癖を付けたらしく又、バスの運転手は冷静に事に対処したらしいことを知った。乗客の1人は、「あんな時は携帯で110番すれば良いのよ」と呟いていた。

駅で全員バスから降りるとき、一部始終を見ていた客が、「立派な態度でしたよ」と運転手に声を掛けた。運転手は少し照れた仕草をしながら「有難うございました」と言った。

山下は今の職場で何とか遣っている。今は厳しいから別の所を探すのは難しいと思っている。今我々の心が荒んで他人を思いやる心が失われ、身勝手な人間が増えた、等と言うつもりは毛頭無いが、やや遠慮がちな我々の日常の行動規範が、何となく廃れている気はしている。特に経済的に強い人達に身勝手な行動が増えた気がする、ちょっと残念だ、と山下は思っている。

そんな小さな事件に遭遇してから数日後、東北自動車道で、1人が死亡して12人の人が怪我をする事故が発生した。バスにトラックが追突、トラックの運転手が死亡したと言うニュースだ。乗用車を運転して、栃木から宮城にボランティア活動に向かっていた人が、自分の前にバスが割り込みそうになって、頭に来て、バスの前に割り込んで急停止したのがその事故の根本原因という。

遠慮して地味にやっと何とか生きている山下には信じられない事件だ。只自分も経済的に強い立場だったら、そんな事をする人間に成ってしまうのかなあ、とふと不安に成ることもある。

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2011年9月20日 (火)

バス停の小事件(2)

そのバス停の前は公園である。バス停のすぐ近くにお手洗いが有る。道路に車を止めてお手洗いを利用する人が居る。ポストもあるので、会社帰りの人が車から降りて郵便物を投函するのを見ることもある。その人達は用事が済めば、サッサと何処かへ行ってしまう。

その日は少し広くなっているバス停の前側にやや長い間白いセダンが止まっていた。ハザードランプが点いているわけでもない。運転者は乗っている。携帯電話をしている。電話の声は全く聞こえてこないが、車は動かない。

交差点を曲がってバスが接近してきた。注意していれば乗用車の運転者にも、バスの接近は充分解る。バス停の少し前に信号機が有る。バスは信号で止まった。未だ乗用車は動かない。信号が青に変わってバスが進入してきてバス停に止まった。バスは1人の乗客を乗せて、出発しようとした。クラクションを鳴らした。乗用車は動かない。もう一度クラクションを鳴らした。乗用車は動かない。バスはもう一度クラクションをならしたが、やっぱり乗用車は動かない。バスは仕方なく、一旦後退して乗用車を避けて発進した。

乗客からちょっと溜め息が洩れた。バス停に長い間停車して、バスが来てもバス停から避けず、そのまま携帯電話をし続ける、バスの乗客は、その乗用車の運転者に軽い不快の気持ちと呆れの感じを持った。特にそこで乗った乗客は、バス停に向かうとき、如何にも軽薄そうな中年がタバコをプカプカ吸いながら、携帯電話をしているのを見ていたから、一層不快であった。

そこから一つめのバス停は乗降客無く、二つめのバス停では降りる客が一人居た。停まってその客を降ろして、出発と言うときに、後ろからさっきの乗用車が可成りの速度で近づき、バスの真ん前に割り込んで急停車した。運転者が降りてきて、バスの運転手に言いがかりを付け始めた。

「いきなり大きなクラクションを鳴らして、初めは小さくすればいいじゃないか、それでも避けようと思ったのに、すぐ又クラクションを鳴らして、失礼じゃないか」

バスの運転手は呆れて物が言えない、とい感じであったが、乗用車の運転者は、

「いきなり大きなクラクションを鳴らして、大切な電話をしていたんだ、失礼じゃないか」

「避けようと思ったのに又クラクションを鳴らして人の神経を逆撫でして」

もう一回鳴らされて全く道を譲る気もなくなった、義憤を感じる」

「失礼じゃないか、どうなんだ」

バスの運転者は、道路交通法のことなど全く何も言わないで「解りました」と一言だけ言った。乗用車の運転手は「本当に解ったのか」と言った。バスの運転手は「解りましたよ」

乗用車の運転者は、不満げに乗用車に戻り、急加速してその場を去った。

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2011年9月14日 (水)

バス停の小事件(1)

山下は仕事を終えて、いつもの通りゆっくり住宅街の狭い道を抜けてバス停に向かった。バスは20分に一本位で、退社時間近辺の時間は全て覚えている。仕事が終わればそれとは関係なく、会社を出る。会社には居たくない。大抵はバス停でボンヤリ時間を過ごす。時間に因って、気が向けば少し遠回りをしたり、一つ駅側のバス停に向かったりする事もある。

その日は普通で行けば間に合いそうな時間ではなかった。何か有れば、つまり車椅子の人の乗降が有るとか、その他何か有れば間に合うかも知れないが、それでもいつも通り普通に歩いてバス停に向かった。

バス停が見える所まで来た。バスがバス停に進入してきた。もう間に合わない。後ろから猛烈なスピードで近づいてきた白い乗用車がバスの前に割り込んで止まった。山下はちょっと不自然な感じを受けた。畑や植え込みを通して見えるだけだがバスも乗用車も動かない。

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2011年9月 8日 (木)

高カロリーの飲物

自分が住んでいる住宅から100メートルぐらいの所に、2年程前にファミレスが出来た。1階はコンビニ、2階がファミレス、便利至極。そのファミレスに開店後少し経ってから、朝食を食べに行った。メニューも豊富。ドリンクバー付き。量も味も値段も適当で気に入った。それから時々気が向けば行っている。

つい先日も朝食を食べに行った。その時は先ず、オレンジジュースを1杯、すぐ続けてリンゴジュースを1杯、空の色をしたソーダを少しずつ飲みながら、食べ物が来るのを待つ。アメリカンブレックファスト。カフェラテを2杯飲みながら食事。食事の終わりにアメリカンコーヒーを1杯、新聞を読みながら、コーラ1杯、最後にウーロン茶1杯。その間、少しずつ水、締めて40分。

友達に数日後、ファミレスで朝食を取った、と言う話をしたら、飲物はウーロン茶とか紅茶とか飲んでいるのかと問われた。いつも保冷の袋に入った自製のウーロン茶とか、杜仲茶を飲んでいるイメージからの問であろう。飲物を飲んだ順序で説明してから、当方自信を持って、外で飲物を飲むときは、エネルギー補給のため、カロリーの高い物を飲む、因ってカフェラテには砂糖をたっぷり入れて飲んだ、と言ったら呆れられた。多いときはもっと飲むんだけれど、ますます呆れられそうだったので、それは言わなかった。

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2011年9月 6日 (火)

駐輪禁止

世の中で驚くことは色々有るけれど、この間、毎日の通勤で使っている中央線の某駅構内の看板を見て、かなり驚いた。それを張り出さなければ成らない状況を作っている脳天気な人が居て、それに駅員が真面目に対応しなければ成らない世の中に。

人が輻輳する駅の構内に自転車を放置したり、改札の近くまで自転車を押して行ったりする人を後ろから付いていって1日観察してみたいものだと思う。きっと自分なんかそう言う人に比べたら、メッチャクチャ地味で、空気みたいな、路傍の小さな雑草のような、存在感の無い奴なんだろうと思う。

『お客様の迷惑になります。駅構内の駐輪は禁止です。○○○○○駅長』

そして下記の看板

「110906.jpg」をダウンロード

蛇足ながら、駅員が注意したら「ここに駐輪禁止の看板無いじゃないか」、「構内自転車乗り入れ禁止って何処にも書いていないでしょう」見たいな事を言った連中が居るんだろうなあ。

駅近辺が広く駐輪禁止で、有料の(ご存知無い方のために、1日止めて100円か200円)駐輪場が駅の近くに沢山あるのに、駅構内が無料駐輪OKな訳が無いこと位、誰も言わなくたって解りそうな気がするけれど、きっと解らないか、自分の最大限の都合の良いようにしか世の中が見えない人が多いのだろう。

最近、他の事もあるし、この看板を見たとき、目眩がした。

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2011年9月 2日 (金)

皮むき器(2)

日本人はリンゴの皮を剥くときにナイフの刃を手前に向けて使うが、自分が見た諸外国では、刃を外側に向けて皮を剥いていた方が多かった。自分も試してみたが、慣れないので危なかっしいし、上手く剥けなかった。

これだけをもって、日本人は非攻撃的とか他人を思いやると言う気は毛頭無いが、ちょっと考えさせられる。

人間は原始時代から、日本の場合は縄文時代から刃物を使っていた。押し切りと引き切りは記録がないから不明だろうが、文書や絵が残っている時代から丹念に拾って行けば、その分布と変遷が解るかも知れない。同じ事を世界各地で検証すればそれはそれ成りに、文化の伝搬とか物の考え方とか、少し垣間見られそうで面白そうだ。博士号の一つぐらいは生み出しそうだ。

勝手な推計をすれば、リンゴの皮むきでも引き切りと押し切りが混在している地域が有るかも知れない。何カ国かで仕事したときに、そんな事に注意を向ける余裕は無かったが、今考えると惜しいことをしたと思う。街で食事をしたときに、そんな事でもちょっと興味を持って見ていれば、心にもう少し潤いが有った仕事が出来たかも知れない。

知識が無いと物は見えない事が多いけれど、少し注意深く見れば、見えてくる物だって色々有るだろう。

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