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2012年9月16日 (日)

胃癌顛末記(7)

2012512()                      多摩川縁散歩、景色が良かった。年配の釣り人が何人も居た。夜は自宅で上海焼きそば。

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陰の声:近所の中華料理店で食べる予定だったが、親しくはないが何となく顔見知りのお店へ行く気がしなくて。散策していても、ちょっとの間忘れていた胃癌、手術、これからの人生など考えて、気が晴れない。経済、病気の内容その他自分より厳しい方から見れば、自分は未だ恵まれているとは思うが、順調に快復しないで、病気が悪化、経済その他みんな悪化して、勿論心も荒んで、これまで楽しみにしていたことども、これから楽しみにしていた事どもが、少しずつ失われて行って、零落して1人ぽつねんと、薄暗いベッドの上で当てもなく安静にしていると言う図が脳裏を過ぎる。)

2012513()                      富士急富士山駅からバスで忍野八海散策、昼は地元料理、つまりホウトウ、マス、分け合って食べた。戻りは中央線の四方津で降りて、山上の街、コモア四方津探索、スーパーで買い物した。富士山、河口湖方面へ行くとき、行こう行こうと思っていた念願のコモア四方津に立ち寄った。

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陰の声:八海はいつも通り観光客が一杯で、食事したところもおみやげ屋も、愛想が良く楽しめたが、昔、癌が、不治の病に近く、告知も通常じゃなかった時代に見たドラマで、癌→cancer→蟹(ラテン語)が思い出されて、自分の胃の中に蠢いている幻想に囚われた人の憂鬱が伝搬して、景色は実際より暗かった。家内と2人で歩いて普通に会話をしていたが、全体的には少なかった。山上の街は、別世界。自分はフラフラ散歩して遠くまでと行くことが有るが、あそこの住人はどうなんだろうか。)

2012514()                      数年ぶりでM氏から電話が来た。肝臓癌で闘病中、入退院を繰り返して、療養している。こちらの事も話した。暫く前に電話したとき、家族の歯切れが悪かったので、それっきりになっていた。彼は昔胃を全摘、その他病気沢山で、お腹には、大きな傷が幾つか有るそうだ。自分より20才ぐらい上だ。67年前に知り合って、時々、釣りや飲みに行っていた。経済も余り良くないし、健康も勿論良くないが、内心は兎も角、表面上は至って普通に暮らしている。
 以降時々会ったり見舞ったりしている。心配しても栓のないことだから、とポツリと言ったことが有る。今の病気の自分を中々受け止められないが、受け止めて対処するしかないのだろう。M氏はどんな心中なのか、在り来たりの言葉で励ましたり、割り切ったりはとても出来ない。
 親類や友達、知り合いが何かのある病気で検査して癌が発見されたり、自覚症状で癌が発見されたり、このところ、そう言う話がとても多い。自分が癌になって初めて、真摯に受け止めているからかも知れない。共感が無ければ、事は上っ面を通り過ぎるだけだ。

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