« 2012年5月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月30日 (日)

2012年9月下旬(2)最近のダンピング症状

28

朝食:タコ焼き3個、コーヒー半杯、リンゴ半分。

昼食:ご飯、おにぎり相当では1/3、ナスとピーマンのみそ炒め少し、海苔の佃煮少し

夕食:蕎麦、乾麺で50g、小さなかき揚げ1個、イサキ煮付け()一匹、茹でキャベツ

少し。1時間ぐらいして梨半分

☆胃腸に特段の事なし、朝、昼食後血圧105/11572/80、脈拍100/110これが23時間続く。夕食後血圧9867、脈拍127、体調普通、気分悪い。

29

朝食:小さめホットドッグ1個、お茶200cc、コーヒー200cc

昼食:ご飯、おにぎり相当では1/3、イサキ煮付け()一匹、イワシ塩焼き一匹、ナスの漬

物少し

夕食:にぎり寿司6貫、ナスの漬物少し、茹でキャベツ少し、ジュース類300cc1時間ぐらいしてから梨半分

☆夕食後ガスが沢山出たが、それ以外は胃腸に特段の事なし。朝、昼後血圧98/11775/83、脈拍98/113これが23時間続いた。夜96/9966/69、脈拍110/118、血圧は低いが、脈拍が高い。これが2時間ぐらい続いた。

30
朝食:ホットドッグもどき(ウインナーの替わりにハム)、ジャム、杜仲茶200cc、コーヒー200cc。リンゴ半分

昼食:麻婆春雨定食、ご飯おにぎり相当では1/2、春雨1/3残した。他の付け合わせは食べられなかった。散歩して空腹だったので、食べられそうに思ったが、結果は駄目だった、無理することは無いが、回復のためにももう少し食べた方が良い気がしている。

夕食:ご飯おにぎり相当では1/3、みそ汁半分、ゆで卵1個、1時間ぐらいしてリンゴ1/4

☆毎食後、胃腸に特段の事はなかった。毎食後血圧97/12871/83、脈泊97/113。脈拍は2時間ぐらいで落ち着いた。

3日間水分は食間、夕食後適宜取った、前よりは水分が取れるようになった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月27日 (木)

2012年9月下旬、最近のダンピング症状

24  朝食:タコ焼き5個、コーヒー半杯、梨半分。

昼食:回転寿司、6貫、お茶半分

夕食:ご飯、おにぎり相当では1/3、豚ソテー厚切り1/3、レタス炒め少し、筋子一切れ。オレンジジュース200cc1時間ぐらいして梨半分

    ☆胃腸に特段の事なし、毎食後血圧105/11572/80、脈拍100/110これが23時間続く。

25   朝食:15cm位の冷凍ピザ半分、お茶200cc、コーヒー200cc

         昼食:カップラーメン1個+生卵(自分としては冒険してみた)

         夕食:ご飯、おにぎり相当では1/3、サンマ一匹(自分としては冒険してみた)

大根おろし、野菜サラダ少し、キノコの吸い物少し、昆布の佃煮少し、リゴジュース200cc1時間ぐらいしてから茹でトウモロコシ1/3

    ☆胃腸に特段の事なし、毎食後血圧98/11775/83、脈拍98/113これが23時間続く。

26  朝食:トースト半分、ジャム、マーガリン、杜仲茶200cc、コーヒー200cc

          昼食:カレー、ご飯おにぎり相当では1/2、福神漬け、ラッキョウ1個、野菜サ

ラダ少し、牛乳200cc2時間ぐらいしてブドウ中粒10個位。

          夕食:カレー、ご飯おにぎり相当では1/2、福神漬け、ラッキョウ1個、野菜サ

ラダ少し、牛乳200cc。つまり昼と一緒、一時間ぐらいしてから、リンゴ1/2個、ジュース類300cc

     夕食前、久しぶりに空腹感が有った。夕食後二時間ぐらいお腹がゴロゴロしておならが沢山出て、やや不快だったが、その後、特段の事なしに収まった。毎食後血圧97/12871/83、脈泊97/113。脈拍は2時間ぐらいで落ち着いた。

27  朝食:杜仲茶300cc

         昼食:杜仲茶300cc

         夕食:いなり寿司()3個、即席ラーメン半分、ヨーグルト300cc

     本日受診午後、念の為、食事をひかえた。夕食後血圧93/9862/71、脈泊104/116、血圧が、低いが、家の中にいると、特段何も感じない。脈拍は2時間ぐらいで落ち着いたが、安静にしていると、心臓の脈動が分かる。病気でなくとも、食事のあとは、少しぐらい脈拍が上がるのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月25日 (火)

友人からの絵手紙 -カヤツリソウ-

2012925()

友人から、一通のハガキが届いた。

自分より年配である。

今は信州に住んでいる。

会えば静かな楽しいお話しが出来て時間を忘れる。

昼食はいつも美味しい蕎麦をご馳走になった。

夏に青春18切符で訪ねて、楽しい半日を過ごした。

今年は、訪ねることが出来なかった。

温かい絵手紙。      

胸に迫る短い文章。

絆、励まされました。

有難う御座います。

花の名前教えて下さい


 120925

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年9月23日 (日)

胃癌顛末記(14)

蛇足:

1.        任意加入の医療保険、健康保険その他、支給して貰う手続きはそれなりに面倒だった、加入の時は簡単だけれどね。とっても親切な人が、代行してくれるなら別と思うが、自分で出来ることは、自分でやった方が、精神衛生上良い。偶々大外れではなかったけれど、掛け金と給付とどんな病気になりそうか、健康な時に、遺伝的な自分の形質や仕事の内容などを考えて、構成して置いた方がよい。

2.        会社、仕事、自分にとっては可成りのストレスだった。環境の良い方だったら、憂い無く治療に専念できたのだろうけれど。自分は、療養中に色々悩んだ。結果は予想通り仕事を失ってしまった。先のことは又考える、311の大震災などで自分の因るべき大部分を失った人達を思えば、自分はもう一山越えて居るわけだから。

3.        家族や友達、病院の方々のちょっとした気遣いが大きな勇気になった。その反対をやった人には大きく傷つけられた。人間の価値ってその人の心で決まるのにね。

4.        201279()に手術をして、二ヶ月余り経過したところです。体重59Kg、未だやや減少中。少量の食事を1日に3度食べています。良く咬んでいます。たまに少量間食します。固形物と同時に水分を200cc位以内なら、大抵は問題が有りません。400500ccを同時に取ると、30分~2時間後ぐらいに、下痢になることが多いです。今年の夏は暑いので、水分の取り方に気を使っています。以前のように、好きなときに好きなだけ飲めることが、如何に幸せか実感しています。幸せって多分そんなものの積み重ねなんだよな、きっと。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年9月22日 (土)

胃癌顛末記(13)

食事療法

「胃術後の食事」「胃の手術を受けられた方へ」等の言葉を入れて、WEB上で検索すると、充実したHPがたくさん出るので参考にしてください。胃癌その物、進行度、後遺症などに付いても同様です。

ここでは自分の体験から気が付いたことを、適当に拾い上げて記述します。最初の23ヶ月についてです、それ以降は段々快復していって、いつの間にか従来通りになると思います。ただ、体重も減っているわけだし、大抵の方は、年齢も年齢だし、日常の運動量も減っているでしょうから、自然に健康な食べる量になると思います。

1.        食事は健啖家なら術前の1/5、やや少食の人なら1/3程度で充分。

2.        食事、ちょっとした間食の1日分を56回に分けて食べる。

3.        時々休みながらゆっくり食べて、最低30分かける。

4.        細かく刻める物は、細かく刻んで食べる。

5.        一口2030回かんで、自然に無くなるようにしながら食べる。

6.        ちょっとつかえたり、不快を感じたりしたら、直ぐ食べるのを止める。

7.        栄養の有る物を食べる。

8.        水分と固形物を一緒に取らない。(術前の様に、おにぎりをモリモリ食べながら、お茶をがぶ飲みとか、ハンバーガーを食べながら、シェイクをがぶ飲みなどをしたことは忘れる。)

9.        水分は1回に一口、二口を食間に取って、1日の必要量を1日かけて取る。

10.    食後は体を起こした姿勢で、30分以上安静にする、それ以降は横になっても良い。

上記を守っていても、退院後23日間は、食事や水分摂取の時に、しゃっくりが出て止まらず、何回か苦しい思いをした。傷は痛いし、不快だった。早期ダンピング症状が、何回か出た。上とは矛盾するが、不快なときは、横になると少し楽になる、ひたすら堪えるだけ。食事中やや水分を多く取ったと感じた時、不快になって、直ぐ強烈な下痢が幾たびか有った。下痢はタケプロンの副作用の1つだが、これらの下痢はタケプロンとは関係ないと思う。後期ダンピング症状は食後23時間で血糖値が高くなりその反応で、インスリンが過剰分泌されて低血糖になり起きる。いつも間食に比較的甘い物を取っていたからか、自分には起きなかった。ダンピング症候群の1つである食後の動悸は未だに続いている。食後すぐから23時間脈拍が100前後まで上昇する事が多い、普段もやや高めだが、時に110を越えるとさすがにちょっと気分が悪い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月21日 (金)

胃癌顛末記(12)

201289()                        T総合医療センター、血液検査、X線撮影終了後、K主治医問診。X線写真異常なし、血液検査OK、貧血の兆候も無し。タケプロンOD錠15mg処方、明日から1日一錠となった、今までの半分。摘出した胃、周りのリンパ節の生検の結果は未だ。これは次回の受診の時。

2012823()                      T総合医療センター、K主治医問診。生検の結果、切除した中で癌部分は5565mm程度、不連続の部分無し、リンパ節25個切除、転移無し。血管、リンパを通過して、他に転移していることも皆無ではないが、通常は考えにくい。因って化学療法他新たなる治療不要、定期的に経過観察、5年再発無ければ、完治と考える。現況下では最高の診断。自分も家内も笑顔が溢れるのが解る、主治医も、平常ではあるが、何となく笑顔。

(
陰の声:自分は幸運にも比較的軽く、予後も比較的明るいから良いけれど、K医師は色々な進行度の患者さんを診て、患者さんの今後の人生の質をなるべく落とさないで本人が出来る治療を見定めながら、相談診察治療して行くのだろうが、癌が進行し、転移も広範で、課題が重く、大変な事も多いだろう。若年の頃、出会いがあり、金銭的に恵まれていたら、医療系を目指したかも知れない。社会貢献出来る事は幸せなことだ。)

投薬無し、タケプロンともさようなら。後は食事療法で快復を計る。ゆっくり焦らず、時間をかけて食事療法を続けて、養生して下さい、とご忠告を頂き、思わず深々と礼をして診察室を退出した。

(
陰の声:投薬中止で、嬉しいような、タケプロンが無くなってから、抑えられなくなった症状が出たら嫌だなあ、とちょっと複雑な気分だったが、前進と思うしかない。)

次の受診は20121025()

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月20日 (木)

胃癌顛末記(11)

201276()入院 ~717() 退院、1112日。T総合医療センター。
胃癌手術、腹腔鏡下幽門側胃切除及びリンパ節郭清術施行、根治手術。

7
6()                          入院1日目:採血、呼吸器検査、内視鏡検査、心電図検査、麻酔の説明、主治医K先生から説明、執刀医グループの紹介。

(
陰の声:呼吸器の検査は、技師の方が、患者の気持ちを思って明るく、テキパキとして、元気づけられた。当方笑顔が溢れた。
内視鏡の検査は、T癌検診センターのI医師が、出張してきて実施、信頼感が有ったので、安心して受けられた。マーキング実施、後日見た写真では、画鋲のようなものが、胃内壁に何発も打ち込まれていた。)

7
7()                          入院2日目、特記事項無し。

7
8()                          入院3日目、21時下剤服用。

7
9()                          入院4日目、6時浣腸。8:45 ~16:30胃癌手術実施、約8時間、隣接臓器の切除無し。術後別室で一晩を過ごした。腹部に痛みがありちょっと身じろぎをした記憶だけ。それから暫く使っていた腹水を貯めるドレインの穴を含めて、全部で6個の穴がお腹に開けられた。

(
陰の声:時間になって、迎いの看護師に付き添われて、家内と二人で歩いて手術室に向かう、ちょっと手前で家内は控え室に案内される。自分はそのまま歩いて、執刀医チームの出迎えを受けて手術室へ。テレビで何回か見た事があるが、今日は自分が主人公である。ベッドに寝かされて進行。「麻酔をしますから直ぐ眠くなりますよ」といわれて、そうですか、と思うまもなく、「目を開けてください、手を握ってください」と言われて、手術終了。)

7
10()                        入院5日目、ベッドでX線撮影その他の検査をしてから自室へ移動。夜間も連続血圧測定器が装着されていて、よく眠れなかった。歩き始め。タケプロンOD錠15mgx2錠処方、当分服用する事になる。この薬は、胃酸の分泌を強く抑える、逆流生食道炎や消化性潰瘍の治療などに用いられる。かなり広範な副作用があるが、自分には余りでなかった感じがした。

7
11()                         入院6日目、通常の検査。2日間悪い夢を見た。手術の跡が痛んだせいか。目が覚めて二重に疲れた。

7
12()                        入院7日目、1人で歩いて1階まで行き、X線撮影。昼から食事が出た、と言ってもプリン1個とお茶1杯。術後の食事療法開始。

(
陰の声:昨日から痛くて動作が鈍くなっていたが、身に着けて注入している鎮痛剤が切れていた。夕方再開されて、ベッドに座れる程度になった。頭も体も回らない。)

7
13()                        入院8日目、13日の金曜日だが、勿論特段の事は起きない。通常の検査と治療。
19
50執刀医グループ長のI医師とH医師の回診。腹部のドレインを外した。「手術より実際は術後が大変、23ヶ月、体重減少、それ以降減少がない方が良い、それで安定すれば良い。体脂肪は思ったより多かった。予定通り退院可能と思われる。順調に推移している。」

(
陰の声:腹部のドレインの中身は腹水と言うことだが、明るい透明の赤でかき氷のイチゴの様な色、満杯になれば、抜いて計量。いつも同じ物が腹帯で巻かれて中身はチャポチャポしている。外して貰って嬉しい、チューブが20cm位お腹の中から抜けてくるときは、とってもゾクゾクッとする勿論初めての感覚。その穴にH医師がテープ貼ってお終い。先生のコメントは現下最も良いお話し。傷口も痛いし、食べるのも大変だが、入院中は何時でも医師や看護師の方が傍にいるから、実感は無かったが、「手術より実際は術後が大変」は、自宅療養になって初めて、その意味が分かった。)

7
14()                        入院9日目、家内の介助で洗髪、すっりした。午後医師看護師有志による院内コンサート、会場で聞かせて貰った。

(
陰の声:毎日洗髪の時は感じないから、今後は数日に1回洗髪したら、幸せを今より感じるかも、誰でも失ってその有り難さを感じるのだろうけれど、有る時に感じるように意識したい。
コンサートの質の高さも凄いが、演奏者の皆さんの患者に対する無聊を慰めて、1日も早く直るようにとの心を感じた。大切な事だよなあ。)

7
15()                        入院10日目、午前中I医師の回診、お腹の絆創膏を外し、背中の鎮痛剤のチューブを外し、12分?嵐の如く去った。シャワーOKと言うことで、午後からシャワー。

(
陰の声:I医師気さくで明るい、実力も有る。シャワー(入浴)11回が今は普通だろうけれど、そう言えば昔はそんな事は無かった。サラリーマンになったばかりの頃、毎日銭湯へ行っていた訳ではない。特に冬場は週に3回ぐらいだった気がする。)


7
16()海の日              入院11日目、11時頃H医師回診、腹痛と不眠のことを話した。しっかり聞いてくれたが、特段の処方無し。11時半頃、ERX-ray撮影。通常の外来は休みで、ERだけ、自分は時間通りだったが、待ち時間は長そうだった。夕方、2人の友人が見舞いに来てくれた。2人とも自分よりかなり若いが、EQの高い人(自分流に言えば、思い遣りのある人で、言動にそれが出ている)達で、忌憚のない話が出来て、癒された。


7
17()                        入院12日目、退院。暑い日だった。日陰を探しながら、最寄り駅まで歩いた。普通の人なら156分程度の距離。ゆっくり歩いて、途中小公園でベンチに坐って休んだ。前日までに家内が或る程度持ち帰っていたので、2人ともナップサックを背負っていただけだから、傍目には普通の散歩に見えたかも知れない。思えば入院の日も暑い日だった。その日も最寄り駅から歩いて入院した。術後の食事療法と自宅療養が始まった。
体重は、胃潰瘍で入院する前が、678Kg位、今61Kg、未だやや減少中。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月19日夜のダンピング症状

朝食:タコ焼き5個、コーヒー半杯、梨半分。特段の症状無し。

昼食:ご飯、おにぎり相当では1/3、ヒレカツ、小さめ3切れ、漬物少し、佃煮少し、ポテトサラダ少し、牛乳コップに半杯。特段の症状無し。

夕食:ご飯、おにぎり相当では1/3、鮭の切り身、1切れ、大根煮物少し、オレンジジュース半杯、1時間ぐらいしてから、ドラゴンフルーツ半分。

暫くは何でもなかったが、1時間ぐらいして、大体9時頃から、お腹がゴロゴロして、おならがたくさん出た、こう言うときは、余り良くない事が多い。血圧を計ると、10578、脈拍109。それが暫く続いた。安静にしていても、心臓の拍動が、上半身に響く感じ。10時頃、便意を催して、トイレへ。最初固いの半分、それから下痢、一気に出た。それでお終い。特段不快にはならなかったが、咀嚼時間が短いか、量が過ぎると起きるようだ。動悸は11時頃に79まで下がって就寝。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月19日 (水)

胃癌顛末記(10)

2012619() ~23() 核医学検査(シンチグラム)の準備のためにヨウ素内服、5日間。

6
21()                        T総合医療センターにて放射性ヨウ素の注射。

(
陰の声:去年の震災で、放射性ヨウ素が、甲状腺に入るのを防ぐために、飲むくすりと多分同じ物を飲んで、21日の放射性ヨウ素の体内注入に備えた。放射性ヨウ素は副腎に集まりそれで腫瘍が悪性か良性か解るとのこと。)

2012626()                      T総合医療センター受診、地下の放射線科で、シンチ撮影、1回目。機材そのものはX線撮影とほぼ同じ見てくれ、ベッドに仰向けに寝て、30分動かず撮影すると言うもの。

2012628                            T総合医療センター受診、地下の放射線科で、シンチ撮影、2回目。前回と全く同じ。

2012629()                      T総合医療センター、内分泌代謝科受診、S医師。蓄尿検査、安静採血検査でのコルチゾールもその他も正常の範囲、又核医学検査も手術に特段の影響なしと言うことで、追加の治療無し。手術のスケジュール待ち、と言うことになった。

(
陰の声:約1ヶ月、検査と待ち、ネットで調べたり、考えたり、良くないことばかりが頭に浮かぶ。長い俎板の鯉状態、体調良好気分最低、精神衛生上最悪。この間、コメントを出したくなる良いブログを幾つか知った。良かった。人生共感が無ければ生きている価値はない。
その時同じ病院に入院していた肝臓癌のM氏を見舞った。)

201272()                        T総合医療センター、T看護師から電話、75()に受診してくれとのこと。

201273()                        T総合医療センター、H医師から電話、6()入院、9()手術。

201274()                        T総合医療センター、病床担当のY看護師から電話、入院期日の確認。

201275()                        T総合医療センター、K医師の問診?予定表には乗っていたが、案じていたように空振り。散歩して帰宅。夜N看護師から電話、6日は朝、胃部の内視鏡検査が有るから、朝食抜きで入院するようにと指示有り。

(
陰の声:この数日ドタバタのように感じたが、全体的には、大病院だからしょうがないかなあ、とも思っている。いよいよ入院。長い待ち期間が有ったので、病院で買う物以外の持ち物などの準備は出来ている。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月18日 (火)

胃癌顛末記(9)

2012529()30()    起床後、第一回目の尿はそのままで、2回目より蓄尿開始、多いとき400CC越え、少ないとき200CC位、30日の朝、一回目の尿まで蓄尿、全量で1600CC位、看護師さんの説明通り、攪拌して、所定量(100CC)を付属の瓶に詰めて、T総合医療センター受診。蓄尿を渡して、安静採血(30分ぐらいベッドで安静にしてから採血)9時半頃終了。

201268()                        T総合医療センターの受診。蓄尿と採血の結果を内分泌科のS医師から告知。副腎から分泌される、コルチゾールの価が、異常。精密検査のために入院の要有り。また核医学検査(シンチグラム)の要有り。

(
陰の声:直ぐ入院かと思いきや、あと3週間検査、体調良好気分最低。去年の大震災で、色々失った人達の事を考えると、自分は幸せだけれど、ちょっと前の自分の幸せと比べて、目茶苦茶不幸せな気分。こんなはずじゃ無かった。)

2012611()                      T総合医療センターの医療相談窓口で相談。8日のデータをネットで色々調べたら、二倍を許容値にしているデータを発見したので、意見を聞こうとしたのだが、ソーシャルワーカーの対応で、ちょっとお門違いの感じがしたが、S医師と直接話して、夕方、自宅に電話してくれることとなった。夕方S医師から電話有り、丁寧な説明だったが、余り疑問は晴れなかった。規定方針で行くしか無さそう。

(
陰の声:S医師は丁寧で親身だが、こちらの質問にダイレクトに回答無く、自分が我が儘なことは承知の上だが、その時は、勉強不足のような気がした。病人は体と心双方有るわけだから。)
戻りに、自宅近くの眼科受診。この数日飛蚊症がとっても酷くなり、心配で受診。
眼科の先生は診察の進め方に信頼が有り検査も確実で、最後に飛蚊症以外は無し、加齢による物だから、特に心配する必要なしと言い切ってくれて、安心した。1時的に相当酷くなっていた。左目を瞑らないといけないと感じるぐらい。数日で元の状態に戻った、これも不思議。)

2012614()                      T総合医療センター入院、3日間の予定、内分泌精密検査の為。11時から蓄尿開始。

6
15()                        朝から安静採血、13回。午前11時、蓄尿終了。23時負荷試験のためステロイド投薬。

6
16()                        朝安静採血。10時退院

(
陰の声:採血の方は兎も角、尿を減らしてつまり所定の機材に入れないで、数値を下げたい、と言う邪念が出た。そんな事をして良いわけがない。勿論しなかったけれど。胃癌だけじゃなくて、副腎皮質も、脳下垂体もやられている、何て出たら、日頃座右の1つにしている「平常心是道」の自分もきっとそんな訳には行かないだろうと恐れた。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年9月17日夜のダンピング症状

三連休に、ちょっと出掛けました。悪天で、窓から景色を見て過ごしました。食べ物は、いつも通り少しだけ、ゆっくり。それなりに体調が良く夕方電車で帰りました。入浴後、空腹感を感じて、野菜ジュースと、リンゴジュースを、それぞれコップに半分、ちょっと早く飲んだかなあ。冷やし中華を、約半人前、結果的には、普通の人の様な早さで食べました。食べているときはまあまあ平気だったのですが、食べ終わった途端に、しゃっくりが出て、不快になり、吐けば、直る様な気もしましたが、吐くこともなく、その時は、水も飲めず、苦しかった。幸い下痢はなく、洗面台の前でしゃっくりが1時間ぐらい続き、時々口をゆすぎ、それから落ち着きました。術後二ヶ月と少し、外食何でもOKと言う人も知っていますが、焦らず、ゆっくり、自分のペースで。自分の場合は、食事後、特段の不快は無くとも、脈拍の昂進があり、未だに100/分はザラです。2時間ぐらい続きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月17日 (月)

胃癌顛末記(8)

2012515()                      KT病院でCT検査、胃癌再確認、体調は悪くないが気分最悪。

(
陰の声:病院を出るとき、自分を鼓舞するために、I看護師長と数分話した。)

2012517()                      KT病院の紹介状を持って、T総合医療センター受診。主治医となるK医師の問診、今後のスケジュールの説明後、採血、採尿、胸部・X-ray検査。その後直ぐ、T総合医療センターの紹介状を持って、隣のT癌検診センター受診。担当のI医師の問診、今後のスケジュールの説明。終了後T総合医療センターへ戻ってK医師と打合せ、当日の予定終了。

(
陰の声:いよいよ、入院手術のための一連の検査軌道に乗って、走り出した。ジッと待っているより良い。各医師、看護師、技師の方々が、親切でサラサラ仕事を進めてゆくので、少し気が晴れる。)

2012518()                      T総合医療センターから紹介されたCTMRI検査専門の病院でCT検査。試薬注入の有無での2方法。1時間ぐらいで終了、試薬のヨウ素の副作用は無かった模様。

(
陰の声:結構なお金が掛かった。T総合医療センターだけて、検査をすると、自分の支払いが減って良かったのだが、混雑しており長期間かかると言うことで、こうなった。やむなし、と思いながら、保険システムの欠陥の様にも思える。)

2012521()                      金環日食は厚い雲で見られず。

(
陰の声:世紀の大天体ショーだろうけれど、全員に遍く起きている、それも予定通り。こっちの病気は突然、それも自分だけ。ショーには、興味は湧かなかった、多分晴天だったら見ただろうけれど。)

2012522()                      T癌検診センター受診。胃の精密な内視鏡検査。I医師。丁寧な説明有って開始、緩和剤?の影響で途中から眠ってしまって、休憩用ベッドに移されたのも知らず、1時間半後位にI医師の呼びかけで目覚めてその日は終了。

2012523()                      T癌検診センター受診、I医師によるバリウムを適宜噴射注入しながらの胃部X-ray撮影。約1時間掛かった。機材は最新式と言うことであった。終了間際に、一種のフリーズ、再度立ち上げて続行するもとうとう停止。別室で別の機材で最後の5分位撮影、終了。口を拭くティッシューを大量にくれたのでそれで口を拭いた。

(
陰の声:I先生はX線のプロテクターを着けての力闘。マジンガーZの様に見えた。機材不調の時もにこやかで冷静沈着、不安感は全くなかった。途中からメーカーの技術員も手配していたから、総合的に能力のある人の感じで良かった。一方廊下のベンチで待っていた家内は、亭主が検査中の部屋から人が小走りで出入りし、別の部屋に駆け込むので、とっても心配した。何か起きているのは解るが、何が起きるのだろう、と言ってもX-ray撮影しているだけだから、大したことは起きていないだろうし。数分後、自分が穏やかな顔で廊下に出たときは、胸を撫で下ろしたと言っていた。)

2012524()                      T癌検診センター受診、I先生の内視鏡とX-ray撮影の説明有り。結果を持ってT総合医療センターのK医師の受診。治療方針説明有り、腹腔鏡手術の予定、詰まり大きな(みぞおちからへそまで約25cm)開腹無し、KT病院からの申し送りの左副腎皮質の陰に付いて精密検査の要有り、予定では529日~3024時間蓄尿、提出検査、安静採血検査、68日に結果説明、11日以降入院の公算大。蓄尿その他については、別の看護師さんから説明を受けた。

(
陰の声:幾ら自分が能天気でも、I先生が、何でもありませんでした、癌ではありません、と言う可能性が有るとは思っていなかったが、精密内視鏡と精密X線撮影の結果を坦々と説明されて、もう胃に関しては検査が無いわけだから、本当に観念したと思う。I 医師は胃の模型を持って色々説明してくれて解りやすかった。X線撮影の時に最後、不調だったのも最初に謝辞有り、誠意、信頼感が有る。自分のことは、暫くの間記憶に留まるだろう。最後に、しっかり直ることを信じていると励ましてくれた。
K
医師からもしっかり説明して貰い、胃癌と闘う、と言う程ではないが、諸先生を信頼して胃癌の治療に取り組む気になった、多分。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月16日 (日)

胃癌顛末記(7)

2012512()                      多摩川縁散歩、景色が良かった。年配の釣り人が何人も居た。夜は自宅で上海焼きそば。

(
陰の声:近所の中華料理店で食べる予定だったが、親しくはないが何となく顔見知りのお店へ行く気がしなくて。散策していても、ちょっとの間忘れていた胃癌、手術、これからの人生など考えて、気が晴れない。経済、病気の内容その他自分より厳しい方から見れば、自分は未だ恵まれているとは思うが、順調に快復しないで、病気が悪化、経済その他みんな悪化して、勿論心も荒んで、これまで楽しみにしていたことども、これから楽しみにしていた事どもが、少しずつ失われて行って、零落して1人ぽつねんと、薄暗いベッドの上で当てもなく安静にしていると言う図が脳裏を過ぎる。)

2012513()                      富士急富士山駅からバスで忍野八海散策、昼は地元料理、つまりホウトウ、マス、分け合って食べた。戻りは中央線の四方津で降りて、山上の街、コモア四方津探索、スーパーで買い物した。富士山、河口湖方面へ行くとき、行こう行こうと思っていた念願のコモア四方津に立ち寄った。

(
陰の声:八海はいつも通り観光客が一杯で、食事したところもおみやげ屋も、愛想が良く楽しめたが、昔、癌が、不治の病に近く、告知も通常じゃなかった時代に見たドラマで、癌→cancer→蟹(ラテン語)が思い出されて、自分の胃の中に蠢いている幻想に囚われた人の憂鬱が伝搬して、景色は実際より暗かった。家内と2人で歩いて普通に会話をしていたが、全体的には少なかった。山上の街は、別世界。自分はフラフラ散歩して遠くまでと行くことが有るが、あそこの住人はどうなんだろうか。)

2012514()                      数年ぶりでM氏から電話が来た。肝臓癌で闘病中、入退院を繰り返して、療養している。こちらの事も話した。暫く前に電話したとき、家族の歯切れが悪かったので、それっきりになっていた。彼は昔胃を全摘、その他病気沢山で、お腹には、大きな傷が幾つか有るそうだ。自分より20才ぐらい上だ。67年前に知り合って、時々、釣りや飲みに行っていた。経済も余り良くないし、健康も勿論良くないが、内心は兎も角、表面上は至って普通に暮らしている。
 以降時々会ったり見舞ったりしている。心配しても栓のないことだから、とポツリと言ったことが有る。今の病気の自分を中々受け止められないが、受け止めて対処するしかないのだろう。M氏はどんな心中なのか、在り来たりの言葉で励ましたり、割り切ったりはとても出来ない。
 親類や友達、知り合いが何かのある病気で検査して癌が発見されたり、自覚症状で癌が発見されたり、このところ、そう言う話がとても多い。自分が癌になって初めて、真摯に受け止めているからかも知れない。共感が無ければ、事は上っ面を通り過ぎるだけだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月15日 (土)

胃癌顛末記(6)

2012511()                      入院10日目。入院中にCT検査をすると言っていたが、朝なんにも言われなかったので、今日退院で後日。830に主治医が来て、生検の結果説明。結果良くない、ごく初期、数週間の入院加療が必要、それまでの生活は普通でよい。仕事休めるように。希望を聞かれ紹介状は地域の中核病院の1つであるT総合医療センターにして貰った。

(
陰の声:勿論予想通りだった。何でもなかったと言う話は勿論無かった、自分は胃癌と分かっては居たが何となく期待していた。他の方はどんな感じで自覚して行くのだろうか。)

10
時半頃退院。その時S看護師が、しっかり治療して下さい。物部さんの笑顔に癒されました、と励ましてくれた。又I看護師長を引き合わせてくれて、少し話をしてくれた。ご主人が5年前に胃癌になり、現在再発して居らず、仕事をして普通に生活している。話しぶりから、今の自分と同年代、詰まり発病は自分より数年早かった。

(
陰の声:主治医は入院初日で胃癌はほぼ解っていたのだろうけれど、患者の心の準備をさせるために、正式な検査結果が出るまでズルズルと言わなかったのだろう、結果の説明の時も、胃癌とは1回しか言わなかった。心、経済、治療、など総合的に見てくれる人は勿論居ないが、無い物ねだりだなあ、きっと。)

退院して、自宅に一旦帰り、行こうと思っていたチェーン店のステーキ屋さんに向かう。バスは諸般の事情から、凄い遠回りで1時間ほど掛かって、目指す私鉄の駅へ。そこから歩いてステーキ屋さんに。ステーキとサラダバーとドリンクバー、味も今一だったけれど、気分が乗らず余り食べられなかった。夜は自宅で、天ザル。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月14日 (金)

胃癌顛末記(5)

201259()                        入院8日目、普通の入院生活、4人部屋で、お二人は長期入院、要介護度が高い。色んな職種の人が頻繁に来てお世話している。もう1人は、別の人と入れ替わりで今日から入院。看護師には丁寧だが、医師には上から目線。お腹のヘルニアの手術の様だ。カーテン越しには違和感有り。
点滴は昼を挟んで1回だけ。午後許可貰って外出。ゆっくり歩いて自宅でシャワー、午前中に介護士の人がシャワー使えますよ、声を掛けてくれたが謝辞。
就寝前、翌日の大腸内視鏡検査準備の為、下剤服用。

(
陰の声:上から目線の人、本人は多分気付いていないと思う。医師は、そんな事で差別しないだろうから結果は同じだろうけれど、大災害などでなくとも、ちょっとした選択の時、そう言う人は後回しにされる確率が高いのだろうと思う。自分は平気だから、麻酔何かしなくて手術出来るんじゃない?見たいな感じのことを言っていたが、そんな分けないでしょう。)

2012510()                      入院9日目。朝6時から下剤2L処方、1時間ぐらい掛かって飲んだ。一回目のトイレ7時半、6回目のトイレ11時半で終了。
13
351400大腸内視鏡検査。16時頃ヘルニアの方、手術終了し病室に戻ってきた。

(
陰の声:下剤を飲んでいる間、看護師さんが何回も来て、アラ早いわねえ、見たいに声を掛ける。職務の一環だろうけれど、ちょっと飲む気になる。単純だ。胃の内視鏡の時は、モニターが顔側だったので見られたが、大腸の内視鏡検査は逆向きで、一切見られなかった。モニターを二つにして、患者も診られるようにしてほしい。先生が話しながら操作する。炭酸ガスを注入して膨らませながらドンドン奥へ行く。結果は出血その他病変無し。始まる前は各所転移の悪夢に怯えたが、先生が、全く綺麗なもんだ、大丈夫と言ったときには、お腹の苦しさは兎も角、顔がほころんだ。

 ヘルニアの人ストレッチャーからベッドに移されるとき、傷口を相当痛がっていた。入院の時の勢いは何処へ行っちゃったんだ?看護師さんが違うから、好きなことを言っても矛盾は無いのだろうけれど、カーテン越しに聞いていてもちょっと疲れる。明日初日の胃の内視鏡の時に取った組織の検査結果が出る、「生検」の結果と言っていた。もうなんだかんだと言ったって、殆ど胃癌確定で、仕事その他予想しなかった選択肢が色々増えて面倒な事は目に見えているのに、明日、何でもなかったです、胃潰瘍だけでした、と言うことを期待している現実逃避の自分が居て、我ながらちょっと嫌になった。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年9月13日 (木)

胃癌顛末記(4)

201253()                        入院2日目。検温、血圧計測、点滴、担当医の回診、通常の入院生活。

(陰の声:
朝のトイレ、未だ真っ黒、未だかよ。体調は全然悪くない。お茶がちょっと飲めるだけ。初めての経験だけれど、点滴のお陰で、空腹も喉の渇きも全く感じられない。これはこれで全く異常なことである気がする。
食べたい物:○田うどんのうどんとモツ煮込みセット、近所の中華料理屋の上海焼きそば、普通のだし巻き卵、或るチェーン店のステーキ、サラダバー付き。)

201254()                        入院3日目、胃潰瘍の普通の入院生活、1日に10回ぐらいナースコールを使う老齢の男性有り、認知症も有りそう。鎮痛剤を貰っている、死にたい、痛いとか24時間営業、こちらはよく眠れないが、全くお気の毒。

(
陰の声:便は普通の色に戻っていた。未だ検体の顕微鏡検査の結果は出ていないが、疑われている病気が治った訳ではない、胃潰瘍は治りつつ有るらしい。
同室の老齢の男性のように、認知症も発症して24時間営業の様な感じで、人生の終末を送りたく無いなあ。)

201255()                        入院4日目、胃潰瘍の普通の入院生活。再度内視鏡検査、出血の後無し。普通の状態じゃないなあ、とは言いながら胃癌とは言わない。

(
陰の声:やっぱり胃癌か、と思いつつも主治医が胃癌と言わないので、こちらも恐くて聞かず、内心は解っているのに、2人とも平静を装う。)

201256()7()        胃潰瘍の普通の入院生活。7日の朝、MRSAの検査のために鼻の穴に長い綿棒を突っ込んで粘液採取。7日の午後外出許可を貰って、歩いて自宅に帰り、入浴、サッパリした。戻って入院続行。

(
陰の声:もう退院して普通の生活が出来そうな感覚になる。実際体調も悪くない、気分は最低だけれど。本当の病、胃癌の治療は、始まっても居ないんだけれど。)

201258()                        入院7日目、胃潰瘍の普通の入院生活。点滴が午後2時頃終了。今まで朝から寝るまで遣っていた。

(
陰の声:午後から点滴が無くなっただけで、自由を得た気になるから現金な物だ。昔釣り船で船酔いした友達が、時間が来て上陸した時、ちょっと嬉しそうな顔したので、良かったね、と言ったけれど。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月12日 (水)

胃癌顛末記(3)

201252()                        朝通常通り起床。いつも通りコップ一杯の冷たい杜仲茶を飲む。普段はそれから簡単な朝食なのだけれど、その時は、間もなく便意を催し、トイレに入った。いつもより沢山出た。習慣でちょっと見ると、便が真っ黒、一部は下痢で一部は通常の堅さであったが、いわゆるタール便。体そのものは、不調じゃないが、タール便、詰まり胃腸の何処かから可成りの出血が有ったと言うこと。前夜の冷や汗が出たとき、出血していたのかも知れない。
 家内の忠告に従って、そのまま朝食を採らずに受診するために、それ以降は何も食べなかった。近くの中規模病院(1)を受診するために、身支度をする。

(
1)KT病院とする。療養型病棟あり、透析もしている。丁度1年前、家内が体の不調を訴えて、受診したら、即日入院となり。1週間ぐらいお世話になった。自分も毎日見舞いに行った。その前は、家内の友達が比較的長期入院していて、何となく様子が分かっていた。

(
陰の声:便が真っ黒、オイ冗談だろう。正常性バイアスが働いて、きっと何でもないよ、と思い込もうとしている自分を感じた。何でもないわけがない。)

 消化器内科受診、問診、内視鏡で胃、十二指腸検査、心電図、X-ray検査。即日、胃潰瘍で入院となる。昼頃一旦帰って(病院と自宅の間、歩いて5分)午後入院。早速点滴開始。

(
陰の声:入院も点滴も自分の事と思えない。初めての入院、初めての点滴。お医者さん、看護師さんにしてみれば、日常の事だろうけれど、こちらにしてみれば、驚天動地のことなんだけれど。内視鏡で検査している時、一緒に見ていた。この赤いところから出血した。現在は止まっている。周りの白いところは、何回か胃潰瘍に成ったのだろうけれど、それだけじゃないようだ。悪性の可能性あり。詰まり胃癌と言っているようだが、精密な検査をしないと解らない。自分から胃癌になる気はしないので、聞かなかった。胃潰瘍と言われたときは、実際少し休めると思って、ちょっと安心した自分が居たが、もう気分は全く宜しくない。何で自分に降りかかるんだ。相手は幾らでも居るだろうに。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月11日 (火)

胃癌顛末記(2)

20124月初旬                              胸焼けがする。特に空腹時、みぞおち辺りが痛い。胸につかえが有る。通勤途上にあるドラッグストアで漢方系の胃腸薬を買って飲む。3時の小休止の時にも、何回か飲んだ。1日に13回、不定期に2週間ぐらい飲んだら、かなり症状は治まった。

(陰の声:事務職で仕事のストレスが大きいときの胃腸の不調は昔慣れっこだった。でも仕事場のストレスは無かった。色々あって転職して、仕事のストレスはそれ程無いが、仕事場のストレスは異常な高さ、こんなはずじゃなかったのに。サラサラ出来ることを、目茶苦茶面倒くさくしている、それが原因だと思っていた。)

201251()                    帰宅後、ちょっとゆっくり入浴。いつも通り、食前に軽く飲みながら、夕食を始めた。1時間半位で、食べ終わった。いつも通り、9時頃まで特に何もするではなく、ぼんやりテレビを見ていた。急に気分が悪くなり、冷や汗が出て、全体的に不快。お手洗いに行きたいような気がして入ったが、何も出なかった。冷や汗を拭いて、新しい下着に替えたら、やや気分が落ち着いたので、いつもより大部早いが、布団に横になった。特に気分が悪くなることはなく、いつもよりは時間が掛かったが、普通に寝入った。

(陰の声:これも職場のストレスかなあ。世間はゴールデンウィークなのに、こちらはワーストウイーク、出ずっぱり。仕事の内容からして、今遣るようなこっちゃ無いだろう。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年9月10日 (月)

胃癌顛末記(1)

病名:胃癌、腹腔鏡下幽門側胃切除及びリンパ節郭清術施行、根治手術。下部の2/3を切除。胃部に発生して10数年かけて診断可能な5mm以上になると言われている。大きさは、直径56センチあり、各種検査から、進行程度は1AT1(SM)、浸潤はなく、転移も無いと期待される。術中の所見で、開腹に変更する事もある。

(陰の声:胃潰瘍の治療入院で発見され、個人的にはダラダラと検査が進み、胃癌だと解ってからも、心の奥底ではそんなはずじゃ、見たいな気が抜けず。実際に手術の日程が決まり入院した日ぐらいから、ああ胃癌か。自分は比較的初期で、根治を目指す手術だったが、勿論色々程度が有って、難しい手術もたくさんあり、術後も、化学療法(抗ガン剤治療)を長く実施する方、再度の手術の必要な方などいらっしゃる中で、とても胃癌闘病記とか、我胃癌とかく闘えり、とは表題出来なかった。) それでもやっぱり自分にとって胃癌は未知との遭遇だった。

自分の現在の状況を受け入れ、これからの生活に取り組めるように、自分のためにまとめました。皆様が、検査中、診断後、術後少しでも不安が和らぎ、その後の人生が自分の望む平常に少しでも近づき、質の高い生活が送れるように、少しでも参考になればと思い、拙い自分の経験をここに書きました。

人生、共感が無ければ、生きている価値は無い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月 8日 (土)

再開のお知らせ

皆様、

永らくお休みしておりましたが、近日中に再開いたします。

宜しくご訪問お願い致します。

コメントもお待ちしております。

共感を持って時々更新したいと考えております。

物部多都彦(もののべ たつひこ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年5月 | トップページ | 2012年10月 »