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2013年1月26日 (土)

小笠原旅行記(7)




7.レストランのマスター(2)





この後店を閉めて、植物見物に山の方に行くという事で、誘ってくれたので同行して各種の植物を見た。マスターと奥さんの案内付きである。森に入るまでは車でいった。ヘゴの大木や、グァバの木とか、亜熱帯らしい木も沢山見た。勿論バナナもあり、実が生っていた。

楽しい数時間であった。その時は又、やや落ち着きのない軽い感じの独り言の様な、話し掛けているような元のオッサンに戻っていた。料理との格差が余りに大きく植物を観察して森の中を歩きながら終始ニヤニヤしていたが、彼には自分が楽しくてニヤニヤしているという良い意味に誤解されて感じられていたと思う。

今は知らないが、当時は父島にも他の幾つかの島にも持ち込まれた山羊が野生化して、自然草木の食害があり、捕獲作戦を実施しているようだった。森の中を歩いて、開けたところに出たとき、小さな山羊の群れに出くわした。マスターは「捕まえるぞ」と張り切って追い掛け始めた。突然の事で要領を得なかったが、自分も協力して二人で追い掛けた。良いところまで行ったが、ギリギリのところで、もう少しだった一匹がスルリとマスターの手から逃れ、もう我々の及ぶところではない荒れ地の方に逃げおおせた。マスターはかなり悔しがっていた。

マスターはお店に小さな植物園を作るほど、植物は好きだし、山羊も排除したいとは思っているのは分かるが、自然の中を歩くときは、何となくとっても無頓着のように感じられた。

別の日にも、そこで昼食を取った。メニューは違っていたが美味しかった。植物園を直すので、手伝ってくれと言う。どうせ暇だし、高いところにいるマスターに板を差し出したり、重い物を動かしたり、指示のままに手伝った。暫く手伝って、お茶で終了。帰ろうとしたら、封筒を渡そうとする。お礼のつもりのようだった。謝辞したが、どうしてもと言うことで受け取った。後で見たらやはりお金だった。父島でアルバイトをしてしまった。

その時、貰ったタコノキの種を東京で撒いた、まあアダンですね。良く発芽してその夏は、濃い緑の葉が、数十センチに伸びて、楽しめた。数年、越冬の時は部屋に入れて、真夏は強烈な東京の日を当てて楽しんだが、その内段々元気がなくなり、当方も管理を悪くして、その内絶えてしまった。タコノキの話題の時はいつも小笠原や、マスター達の事も家人と思い出して話をしていた。

はっきり覚えてはいないけれど、奥さんは父島に縁があって、マスターは遊びに来て居着いたようなことを言っていた気がする。あのマスター、奥さんどうしているかなあ。自分よりちょっと年上だったけれど、元気でやっていたら、嬉しいなあ。

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コメント

なかなか ユニークなマスターですね。ship

山羊ですが 日本の無人島(かつて在住)等にも 家畜(食料)として 放った山羊が棲息してるところも多いのでは。
capricornus外国では、木にも 急な岩場にも 登ってますから。

投稿: 朝太郎 | 2013年1月26日 (土) 10時01分

何か文を読んでいると、南の島の情景がうかんでくるようです。
昔女性だけのバンドが珍しい時に、知ってた横浜出身のバンドの中の子が、1年経って又広島に公演に来た時、いないので聞いくと、沖縄公演の時好きな人が出来、沖縄で暮らしていると言う事でした。何かその事が思い出しました。

投稿: ヒマ トック | 2013年1月26日 (土) 12時47分

朝太郎さん、sunこんにちは。
東京は快晴ですが、寒いです。
マスターはちょっと変わった方でしたが、対応性のある柔軟な人だったと思います。
良かれと思ってcapricornus移入した物が、後で自然破壊の元凶になる事って、多いでしょうから、難しい物だと思います。

投稿: ハシビロコウ | 2013年1月26日 (土) 16時19分

ヒマトックさん、fujiこんにちは。
島が好きすheart04プーケットとペナンも行ったことが有ります、沖縄も好きですtyphoon広島も行ったことが有ります(笑)
旅してそこに居着く人って、何かの縁なんでしょうvirgo或る意味憧れています。自分は生まれ故郷をどうするつもりなのかなあsweat01

投稿: ハシビロコウ | 2013年1月26日 (土) 16時28分

今晩はnight
八丈島のキョンは、もとからいたのですかね。
ヤギから、大昔の漫画「こまわり君」に飛びました。
旅に出て気に入った土地に居つくなんてのも
なりゆきで良いですが、旅人はまた旅に出るのでしょうね。
大きな意味では人はみんな旅人で、いろんな道を歩むのですよね。故郷に暮らすのが最高ですけど遠くから思うのもまた別の味がありますね。老いれば望郷の思いが強くなるのは当たり前のことですが、かなわぬ夢ですcancer

投稿: チョンプー | 2013年1月26日 (土) 18時36分

チョンプーさん、nightこんばんは。
今日は日中散歩していました。成り行きで「播随院」の前も通りました。

八丈島のきょんは多分脱走したcapricornusだと思いますdash旅に出てそこに定住note
友達のこまわり君sign01と上野動物園に本物を見に行きました。その頃、「同棲時代」ってマンガもありましたねbookちょっと夢中になりましたpenguin懐かしい物幾つか思い出しましたticketあの頃は、多分色々夢も有ったはずなんだけれどheart03
sandclockドンドン過ぎて行く

投稿: ハシビロコウ | 2013年1月26日 (土) 21時35分

おじゃまします。

記事の内容とは関係なく失礼ですが、
30年程前(^.^)にマグロ船で父島に緊急入港した時に思った事ですが、建物がほとんど平屋だったのは、やはり台風が多いせいですか?
建築技術が発達した現在はどうなんでしょうか?

今でも解放感があって気持ちが良かった事を覚えています。

投稿: MITU | 2013年1月27日 (日) 22時20分

MITUさん、いらっしゃいませ、こんばんはnight
10代sign02の時にマグロ漁船に乗って居らしたんですか。イヤー凄いですねeye
海の男ってご紹介有りましたが、その通りですねwave
自分がフラフラ行ったのは20年程前ですが、コンクリートが多かった気がします。当時もtyphoon高い建物は無かった気がします、必要も無いでしょうけれど、集合住宅はちょっと高かったかな。
小笠原は自分に取って楽園でしたpenguin

投稿: ハシビロコウ | 2013年1月27日 (日) 23時21分

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