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2013年2月 1日 (金)

小笠原旅行記(9)

9.民宿の老夫婦

母島で泊まった民宿は全部で56部屋と思われた、大きくはない。老夫婦が二人だけで経営していた。最初の食事の夕食時間からちょっと他とは違う感じがした。宿に入ったときに時間の案内もなかったし、希望も聞かれなかった。勿論その時は、特段何も感じなかった。

通常自分が期待する時間になっても全く夕食の準備が出来た気配が無い。食堂に行ってみたが、厨房で準備中らしい音は聞こえてくる。仕方なく部屋に戻って、本を読んで寝ころんで待っていた。

8時過ぎに又食堂に行って様子を見たら、やっと配膳が始まりそうな気配なので、食堂に居ては、悪いと思って一旦自分の部屋に戻った。やや暫くしてから奥さんの明るい声で、呼びかけがあった。部屋の中で小さく思わず独り言を言った。「おっそいよ」

その日はどんな料理だったかは全く覚えていないが、とっても待たせた料理と言う気はしなかった。島の新鮮な材料で美味しかったけれど。

2人は母島にどんな縁が有るかは分からなかったけれど、母島に移住して民宿を始めた。東京の下町に長い間暮らしていたようだ。主人は定年で会社を退職した。奥さんは踊りか何かの芸事の師匠さんを遣っていた。主人は地味で、奥さんは明るく派手で声が甲高くいつも笑っている感じ、但し料理、掃除、その他の家事は不得意そうに見えた。そんな二人が又何で民宿を始めたかは、分からなかったけれど、民宿は繁盛していると言っていた。毎日張り切って働いて、色々な人と巡り会えて、そのお客さんに喜ばれて働くのは楽しい、と言っていた。ちょっと胸に響く。

2日目の昼食はお弁当を作ってもらった。しっかり包んであり、そのまま鞄に入れて出掛けた。貰ったときに少し重いなあ、とは思ったが、昼食の時間に開けてビックリ。使い捨ての容器にご飯が全体に入っており、おかずがその上にパラパラと塗すように置いてあった。おかずも弁当向きではなく、全体に薄味で有った。出張の時は定宿としている同宿の三人組の都庁の人で父島に駐在している方が、おにぎりが良いけれど、自分は1つにして貰っている。と言っていた。その時に半分意味が分かった気がした。

次の日はお握りにして貰った。2人分とは思えない大きさであった。彼らから見えないところで、そっと開けてみたら巨大なお握りが2個ずつ4個入っていた。まん丸で全体が海苔に包まれていて真ん中に梅か鮭が少し入っていた。ご飯に塩は足らなくこれも薄味で、今は多分平気だが、当時は結構辛かった。何か誤解が発生している風である。それとも長年の習慣なのか、何か別の理由なのかは分からず仕舞いであったが、それはそれで良い思い出だ、だからこそ今でも覚えている。

その日の夕食は現地で捕れるクジラの料理であった。やはりかなり夜遅くになってから出来た。新鮮で美味しかったけれど、刺身が主でそんなに時間が掛かるとは思えなかった。もしかしたら二人の長年の時間的習慣はそうだったのかも知れない。民宿なら夕食は67時頃開始というのは、当方の思い込みかな、と一瞬考えた。

あれから189年ほどが経った。場所も場所だけれども、妙に二人の事は覚えていて時々思い出す。暫くの間、我が家では、大きなお握りの事は、○○○ちゃんお握り(○○○は奥さんの名前)、ご飯が弁当いっぱいに入っていて、その上におかずがパラパラ乗っているのは、○○○ちゃん弁当と言う。そう言えば最近、テレビでも大きなおにぎりを見ることが無くなったなあ。

ご存命なら優に80才以上である。元気に民宿を営んでいる気もするし、引退して静かに暮らしている気もする。もう鬼籍に入ってしまったかも知れない。月日は流れた。20年何て、自分に照らしてみても、一瞬の事のようだ。あの○○○さんの甲高い「御食事の準備が出来ましたよ」の声が、今でも鮮明に思い出される。

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コメント

何かほのぼのとした、情景ですね。
食事は楽しみの一つですから、私は海外で美味しかった思い出は、余り有りません。
私に合う食べ物が無かったとか、下痢をしてトイレを探すのに困った等が多いです。

投稿: ヒマ トック | 2013年2月 1日 (金) 16時01分

のどかな 雰囲気ですね。
海外で 食事が不味かったのは、中国黄河沿いの各地でした。
ジャスミン茶は 臭く。
しかし、そのご後 ジャスミン茶が好きになりました。
黄河沿いの街の 不味料理も 懐かしいです。

投稿: 朝太郎 | 2013年2月 1日 (金) 17時55分

今晩は
20年なんて昨日ですよ。さすがに6、7歳頃は、記憶が白黒で蘇りますがcat
40~50年前は、天然色でその場面がリアルに蘇る事があります。過去数日のお付き合いの人でも、印象に残ってる人いますよね。
今日は、徒歩ではなくベンツbicycleで羽田に行って来ました。

投稿: チョンプー | 2013年2月 1日 (金) 19時30分

ヒマトックさん、こんばんは。
リビア駐在の時は、日本食が主だったのでしょうねriceball
自分は結構なんでも食べていたので、それ程困りませんでしたが、量は普通の日本人並なので、ドンドン勧められて、最後には色々工夫して、沢山食べた振りをしていましたnoodle
自分も新しい所に行くと、トイレの場所toiletをしっかり確認していました、今でもそうですけれどdashsweat01

投稿: ハシビロコウ | 2013年2月 1日 (金) 20時34分

朝太郎さん、こんばんは。
食の中国で、黄河沿いは駄目ですかweep材料?味付け?その他sign02
自分もジャスミンティー好きですが、駄目なのに当たると、カビ臭いcryingついでにお腹を壊すtoilet
中国の田舎は食べ物が安いと、友達が言っていました、ヤキトリが一本¥2~3ってeyebeerも安いってnote

投稿: ハシビロコウ | 2013年2月 1日 (金) 20時41分

チョンプーさん、こんばんは。
ホントnightsunの経つのは早いdash
ちょっとしたことで、昔の情景が、karaoke付きで思い出されたりしますnote
今日はもう2月1日、今年何かしたかなあsweat01
こちらに出て来てから、horseじゃなかったbicycle4代目、初めて三段ギヤ付きの高級車ですcat

投稿: ハシビロコウ | 2013年2月 1日 (金) 20時51分

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