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2013年4月29日 (月)

誰もいない砂浜






自分が悪くしているつもりは毛頭無いのだけれど、最近、娑婆も居心地悪いし、何か面白い事も予感できないし、退屈だし。


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体調に例えれば、今すぐお医者さんは要らないけれど、薄い冷や汗がでて、怠くてちょっと吐き気がして、何かトイレにも行きたい・・・

何かちょっと気晴らしが欲しい、先立つものがなあ。

それでいきなり『そうだ、京都に行こう』の乗りで、『そうだ、海に行ってみよう』

低血圧の体を起こして、特段宛は無かったが、取りあえず駅へ向かう。スイカに未だ少しお金が残っているはずだ。湘南の方は人出が多そうだから、取りあえず、千葉方面を目指す。

犬も歩けば棒に当たるって、昔は大人しくしていれば良いものを、要らん事するから、災難に遭うって意味だと思っていたけれど、最近は何でもやってみれば、思わぬ幸運に巡り逢うって事も言うらしい。

時代は変わった。

「情けは人の為成らず」だって、解釈が変わりそう。ま、今でも相当数が誤解していると言うことだし。その内、親切はその人の自立を妨げるから、手助けをしてはいけません、位に成りそうで恐い。自分の事は自分でしなさいって、お母さんも言っているし、見たいな・・・

人は自ずと備わっている惻隠の情って有ると思うが、電車で在り来たりではあるが、風景がドンドン変わって行きながら、単調な音を聞いていると、心の中に色々なことが浮かんでくるなあ。旅はこれだあ。

各停でグダグダ走っていたら、海の臭いがしてきたので、以前に来たことが有る寂れた駅に下りた。その時は、駅前にお菓子屋さんが有った気がするが、駐車場に成っていた。さすがに秘境駅ではないが、見事になにもない。フラフラ歩いて海方面へ。




暫くしたら、防砂林の黒松林が有るので、そちらに行く。







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中々海へ出られる道がない。海と並行に暫く歩いていると、右手に墓地が見えて、左手に海へ通じる道が有った。猫がこちらを振り返りながら、逃げてゆく。防風林の中の道に普通のお宅や別荘風の建物が両側に、ポツポツとある。もう何年も来ていないような別荘もある。23メートルの細い竹が密生して家を囲んでいる。


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海特有の風の音、波の音、小高い砂丘の向こうに海。

砂浜に出るときに、二人のサーファーと擦れ違った。お互い軽く「こんにちは」。二人とも、外国人だった。英語喋っていたから、アメリカ人だろう。

暫く防砂堤に座っていたら、散歩の小母さんに道を聞かれた。小さな犬を抱いていた。足下は簡単な柔らかいプラスチックのサンダル。話しぶりから近くの人じゃないことが解った。時間からすると、昼食も食べていないようだった。何か嫌なことでもあって、家を飛び出し電車に乗って、こちらに来たのかも知れない。それで長い間海辺の道を歩いてきたのかも知れない。自分がさっき来た道の方へ行くらしいので、地べたに線を引いて、丁寧に教えた。自分でも何となくいつもより親切な気がした。いつも持っている海苔巻き煎餅とピーナッツの入った小袋を上げた。彼女はニッコリ笑って、丁寧に礼を言い、今度は町の方へ歩き出した。

海を見て、潮風に吹かれながら、ちょっぴり心を落ち着かせる。多くを望まなければ、たぶん自分だけの小さな幸せは有るんだよ、きっと。




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誰もいない砂浜、でも誰かいる砂浜。





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2013年4月21日 (日)

病院は・・・

先日、久方ぶりの通院日。

Dscn1585_2         どっかの大病院


病院には病人が溢れている、当たり前か。半分は付き添いだ、多分。

子供の付き添いだったり、逆だったり、連れ合いだったり、姪御さんだったり、友達って言うのもありだな。

2         どっかの待合室


折角親子で来ているのに、特に老齢の親に付き添って、息子さんらしい人が、何か半分冷たそうなのを見ると、何でかなあ、と思う。そりゃ仕事休んで来たかも知れないけれど・・・

将来、自分に倅や娘が同じ態度を取ったら、悲しいだろう。

お笑いで、病院ネタが有ると:

地方の小さな総合病院で:-

老人が待合室で世間話や病気自慢に興じている。

「今日、鈴木さんが居ないね」

「体調不良で、家で休んでいるって」

「早く元気になって、病院に来て欲しいね」

「居ないと寂しい」

後、薬が沢山あって、量と種類自慢、大抵の薬は食後だから、薬の為に食事をしている。

話としては、面白い。

辛いことでも笑って過ごせれば、それに越したことはない。泣いていても笑っていても、時間は過ぎて行く。

でも病院は、大変な所だ。生老病死の場所だ。色々な事情を抱え込んだまま、他人に囲まれて人生の最期を迎える人も多いだろう、事情を何処まで知っているかは兎も角、それを観る医師や看護師達。

その日の自分は、経過観察で呑気だったけれど、明日の事は誰も解らない。



Dscn2352               近所の景色




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2013年4月15日 (月)

2貫で1皿


100円回転寿司によく行く。

今は5皿ほどしか食べない、と言うより食べられない。昔は勿論もっと多く食べた、1012皿が多かった。20皿も食べたことはない。その内78皿になって、今じゃ5皿、経済的で良いが、ちょっと情けない気もする。

普通は2貫で1皿です。

偶にちょっと高級()ネタだと、11貫だけ。

納豆巻き、カンピョウ巻き、カッパ巻き、鉄火巻きなんぞは、海苔巻き1本分だから1皿で4貫。

要するに、10貫程度を食べます。

正直言えば、スーパーの10貫程度で500円ぐらいのお寿司の方が美味しい気がする。

昔はスーパーから寿司を買ってきて食べるときは、即席ラーメンとか、別の海苔巻きセットとか買ってきて、一緒に食べていた、その頃が懐かしい。

もっとお爺さま、お婆さまが、如何ほど食べるか解らないが、5皿程度だとすれば、5品種しか食べられない。回転寿司は見て選ぶ楽しみが有るが、その内、同じ値段でより美味しいと思われるスーパーのセット寿司に切り替えるかも知れない。

そこで暇な自分は考えた。

2貫分のネタを1貫分にして厚くする、そして11皿にする。高級感が漂う。ちょっと裕福な人は喜んで食べるかも知れない、量はちょっと減るわけだから、食べる皿の枚数は多くなるだろう、お店にもお客にも利点が有る。

自分みたいなお客には又別の方法。

どれも基本21100円なのだから、違うネタ21皿の物を提供する。5皿で10種食べられるから、喜ぶ人は多いに違いない。

どんな組み合わせが良いかは、何を食べているか見ていれば直ぐ解る、統計と経験で、その日の客層で、変える事が出来るようにも直ぐ成るだろう。

ちょっと例を:

イワシとハンバーグ、一見相容れなそうだけれど、お爺さんとお孫さん

鉄火巻きとマグロの赤身、とっても順当、マグロ好きの人

イクラとウニ軍艦、とっても順当、魚卵好きの人

組み合わせは幾らでもある、う~ん、考えているだけで面白い、今日のお昼は、100円回転寿司に行こうっと。

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2013年4月 9日 (火)

方言 『かっちょぎ』

自分が生まれ育った地域にかっちょぎという言葉がある、微妙にかっちゃぎだったりするかも知れない。

語源不明、どれぐらいの範囲に使われているかも不明、と言うより知らない。意味は小さなトゲ、ぐらいの事を言う。切りっぱなしの板を掴んで、小さなトゲが指に刺さる、そんなトゲのことだ。

子供の時は、よくかっちょぎが指に刺さって、自分でも勿論抜いたが、母やその他家族からも抜いて貰った。

比較的大きいのは、簡単だが、小さくなると、先端が掴めないし、反対側から押しても直ぐは取れない。これがこの話の味噌だ。小さいから取れない、小さいが痛くて力が入らない。

他の人の手だと、反対側から押しながら、先端を刺抜きで掴んで抜きやすいが、自分だと片方の手だけしか使えないから、抜きがたい。

ちょっとしたことで、行き違いになって友達や知り合い、ご近所と気まずい関係になり、付き合いが無くなる事がある、そんな時、『今、かっちょぎが刺さっているからなあ』などとも使う。

まあ平等に見て、原因を作った方か、格下の方が何か歩み寄りの意思表示をすれば、取れることが多いようにも思うが、実際はその逆で余裕のある方が、歩み寄った方が簡単に取れるような気がする。仲に人を立てた方が良い場合も有りそうだけれど、両方が納得する人というのは少ない。

もし親子関係でこんな事が有ったら、数十年の先輩である親の方から歩み寄った方が全体的には良い気がする、自分の意地より子供の将来。

昔は今より子供の数が多かったから、近所に住む叔父さんや叔母さん(伯母さん)が、何となく取りなして居たのかも知れない。

国際関係まで、こんな事を発展させるつもりは無いが、自分のことは棚に上げて、知恵が無いなあ、と思うことが多い。

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2013年4月 3日 (水)

足の爪


特に羨ましいと思ったことは1回もないが、自分の足の爪はもしかしたら、他の人より貧弱かも知らない。特に親指以外。昔何回かちっちゃいと言われたことがある。と言うことで他の人の足の爪を見て、少しは小さいが手指の爪のような人が居ることも解った。

動物の、特に偶蹄類じゃないので爪の形状が歩行に余り影響しないから、気にはしていないのだけれど。本当に無いと少し歩きにくいのは実際に何度か経験した。

中学生の頃、冬は放課後に残って体育館で色々運動していた。雪で外では余り運動できないから、真っ直ぐ帰宅する生徒は少なく、部活もあったし、遊びもあって体育館はいつも盛況だった。もっと豪雪地帯か、寒冷地だったら、スキーやスケートを屋外でしたのだろうけれど、それ程の積雪もないし平野部だし、スケートが出来るほどの結氷もなかった。

夏にグランドで運動していて躓いても、足の爪を怪我することは少ないが、床張りの体育館で走っていると、蹴躓くと親指の爪に怪我をすることが多い。割れたりもしたが、爪の内側に出血して、その内黒くなり、爪が死んで12週間で接着が悪くなり、12ヶ月で、爪が段々伸びてくると、剥がれた。そうすると爪の長さが半分から1/3ぐらいになり、先端は爪無し状態に成った。そうすると確かに爪先に力が入らない。確かにちょいと歩きにくくなった。爪が伸びてくると又元に戻った。


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爪の形状が健康の1つの指標なら、親指の爪は、去年不健康だった季節を反映してか、今有る爪の先端半分は、木の年輪のようにギザギザで色も悪い。まあ逆に見れば、半分は健康を回復してきている証拠でもある。他の爪は湾曲して両端はやっぱり巻いている。色も悪いし、薄い。

手の爪の方は、足指ほど悪化しなかったが、縦筋が多く、そんなに健康では無い気もするが、子供の時からの様な気もする。




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