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2013年5月29日 (水)

長生き

Dscn2339               近くの小川で






 自分の父方の祖父は長生きだった、
90才代で亡くなった。

晩年はテレビを見ているか、新聞を読んでいた、夜中は1人でラジオを聞いていた。

テレビは、スポーツ番組が好きだった。プロレスやバレーボールが特に好きだったと思う。体に力が入っているのが解った。吐く息に声が出ていた。そんなに力を入れて見たら、疲れるだろうにと思ったが、好きだから自然に力が入って仕舞うのだろう。

新聞の広告の裏が白い紙をノートのように作って、新聞の中にある難しそうな漢字をそれに書いていた。縦横揃って綺麗な感じだった。

ある時、何故そんな事をしているのか尋ねた事が有る。自分にとっては意外な答えだった。こういう事に熱中していると、時間が早く過ぎる。詰まらん考えを忘れる。

いつもニコニコして、泰然自若としているように見えたが、心の中は、色々あったのかも知れない。何も具体的には言わなかったけれど、もしかしたら老年ってそう言う事なのかも知れない。

在る時、「もう殆ど生きていない」と言っていた。暫くしてから「もう1人しか生きていない」とも言っていた。友達が死んで行くと言うこと。

生きていれば友達の葬儀に列席できる、高齢になれば体調も考えるが、家人に送り迎えして貰えば、通夜には参列できる。でも段々参加しなくなった。

長生きすれば、沢山の友達の最期を見届けられる。

一番の長生きは、友達が誰も葬儀に参加してくれない。友達にさよならも言えない。

ただ、幸運なら、家族の中心で暮らし、家族みんなに見送られて死ぬ事ができる。


Dscn2288         近くの人工釣り池で



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コメント

祖父母(父方・母方)は 80歳代後半~90数歳まで 比較的元気に生きてました。
現在 父 親大正15年生まれ、母 親昭和4年生まれ、父親がが母親を介護してる状態です。
その母親の方が 意外と しぶとそう。

祖父母は、多くの家族に見送られました。
自分も 死ぬときはどうだろうな!? と思うことが多くなりました。

投稿: 朝太郎 | 2013年5月29日 (水) 17時20分

朝太郎さん、こんにちは
お祖父さんお祖母さん達は、お幸せだったんですね
息子達は戦場でと言うときもあって、大変な時も有ったでしょうけれど

長生きして、家族の中心で暮らして、社会や国家から大事にされて、大往生ってのが本来の姿ですよね
40年前から、人口統計で今日の姿は解っていたのに、年金も先延ばし、場も与えない、尊敬もしない、自分で何とかしろって、与野党挙って頑張って欲しいです

投稿: ハシビロコウ | 2013年5月29日 (水) 18時04分

何時見てもハシビロコウさんの文は淡々と綴って有り感心しています。
私の父母の祖父は小さい時に死に、特に父方の祖父は顔も覚えていません。
母方はガンで死んだ人たちが多く、私の姉妹もガンに掛かった事が有りますが、兄弟は有りません。
遺伝でも男と女は違う見たいです。

投稿: ヒマ トック | 2013年5月29日 (水) 20時12分

ヒマトックさん、こんばんは
お褒めに与って有り難うございます
病気は遺伝もあると思いますが、生活環境も大きいと感じています、世の中に発ガン物質というのも多くあるようですから
大昔の人は、栄養も悪く、サッサと死んだみたいですが、現今は長寿ですからそれなりの生き方で、数多くの方が楽しめるようになれば、良いと思っています

投稿: ハシビロコウ | 2013年5月29日 (水) 21時54分

「詰まらん考えを忘れる」これ大切ですよね。
写経や気付きの瞑想(サティ―)のようなものでしょうか。
スポーツ大好きだったんですね。うちの爺さんも相撲やプロレス大好きでしたよ。
猪木サーベルで血だるまとか、北の海怒涛の電車道で輪島寄り切りとか、一緒に見てました。

金さん銀さんが長生きしたって楽しくないと仰ってたような。
なるべく長く世の中見ておきたい気持がありますが、見た所でそれがなんだってンだ?という気も‥
適当な時期に切り上げるのが幸せなのかもしれませんね。
私と同郷の随筆家、林芙美子さんが
「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」と仰ってますが、幼い時から苦労された彼女は、私の現年齢47歳で逝ってます。
そんな人生もアリだと思いますけど、私は長生きせにゃなりません。

投稿: muga | 2013年5月30日 (木) 00時38分

mugaさん、お早うございます
当地は昨日から梅雨入りしたようです
今は小雨ですが、午後から雨脚が強くなるそうです
老少不定で、寿命はそれぞれ、誰も解りませんが、現代社会は、寿命と財力(体力)、社会構造が、バラバラで、ずっと昔の人々より、悩み多き人が多そうです
とは言いながら、古の歌人の和歌を見ていると老いの嘆き、人生の儚さを歌った歌が、凄い数ある事にも驚かされます
平安中期の土佐日記で知られる、当代随一の大歌人、紀貫之の辞世は「手にむすぶ水にやどれる月影のあるかなきかの世の中にぞ有りける」
歌人として最大限の尊敬を受けていたにも関わらず、まあそれ程、官界で出世出来なかったからかも知れませんが、心中は、無常観で一杯のようでした
mugaさん、子供達のため、自分のため長生きお願いします
いつも励まされております

投稿: ハシビロコウ | 2013年5月30日 (木) 08時01分

長生きの功罪でしょうか。
昔、ゴム畑への途中の村落の家の玄関先に寝そべっている老人が居ました。この人、ど田舎暮らしで何も知らないで、このまま死んでいくのかなと思い、憐憫の情を持ったことがありました。この時私は、日本人は何でも知っている、知ってることが幸せに思えてました。今思うと、知ってるって何なのか、知らなくても困らないと云う事に気が付きました。
10年後、玄関先に寝そべって、日向ぼっこしている自分の姿を想像している、今日この頃です。(雨季です。雨の日が多いです)

投稿: カラシン | 2013年5月30日 (木) 09時29分

カラシンさん、こんにちは
当地も梅雨入りしました、午後遅く強い雨が降るそうです
コンビニとかATMとか便利になったような気もしますが、だからドウなの?って言われるとドウでも良いことの様な気がします
タイの田舎道を通っていると、家の前の縁台に夕方近所の人が屯して、談笑していたり、村の外れって事もないですが、四阿みたいな建物が有って昼寝をしていたり、何か呑気で憧れています
多くを望まなければ、食べて行ける余裕かなあとも思っています
何年後かにタムチャーチャーで玄関先に寝そべってボンヤリ過ごすって人間らしい過ごし方だと思います

投稿: ハシビロコウ | 2013年5月30日 (木) 12時51分

お早う御座います。
どんなくたばり方するのでしょうかね!?
若い時は、畳の上では死ねないな
なんて思いがありました。
死ぬ前に
介護されるんだな(たぶん)
物事進行が速すぎます。なんにもしな
うちに逝きそう
許されるなら、周りの熟女に見送られて逝きたいです。お通夜の席で、面白い爺だったねなんて会話でも聞ければ本望です

投稿: チョンプー | 2013年5月31日 (金) 09時39分

チョンプーさん、こんにちは
昨日はしっかり雨が降るかと思って居ましたがパラパラ来ただけでした、今日は梅雨の晴れ間
つい最近まで、どんな死に方って考えたことも有りませんでしたが、誰でも死ぬし、自分も死ぬし・・・直ぐって事も無さそうですが、老少不定で解らないし・・
今何が楽しみなのかなあ・・
「面白い爺」という目標が有ってちょっと羨ましい
旅に病んで夢は彼のを駆け巡るってのも少し憧れています

投稿: ハシビロコウ | 2013年5月31日 (金) 11時37分

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