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2013年9月24日 (火)

寿命



洗濯物のタオルを干していたら、スルッとハンガーから落ちた。ハンガーが壊れていた。直ぐ寿命だと思った。なんせ、40年以上使っていたのだから。

寮に入っていたときに、数本買った物を未だに使っている。何て物持ちが良いのだろうとも思うが、どっか壊れている気もする。



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残っているのも、直ぐ何かの拍子で壊れるだろう。捨てるときに分別するので、試しに手で金属とプラスティックに分けようとしたら、簡単に出来た。パッと見には、平気だが完全に寿命、う~~ん、身につまされる。




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寿命で思い出したけれど、昔、リバイバルで、志村喬の「生きる」を何回か見た。




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十代前半の時は、殆ど意味が分からなかった。長じるに従って、少しは分かるようになった。挿入歌の「ゴンドラの唄」も良い。

当時と今では寿命や仕事に関しての考え方や環境が大きく変わったけれども、自分が病気をして、その時に、自分には、志村の演ずる渡邊勘治(市役所市民課長)の様に遣るべき仕事はなかった。人は生きる目標が必要だ。

寿命と言えば、儚いことで有名はセミもこの涼しさで、そろそろお終いのようだ。



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空蝉(うつせみ)、まあ人間の事だろうけれども、今当てられている字も有って、色々連想させる言葉だ、源氏物語の影響も強い感じがする。今日、いつもの疎林を散歩していたら、アブラゼミとツクツクホウシが、鳴いていた。

モモ、時季になると熟す。食べれば恵みだけれど、食べなくとも残らない。まあモモに限った事じゃないけれど。



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真夏の暑い時期に、終末医療の病院にお見舞いに行った、既に亡くなっていた。墓所を知っていたので、この間、花を手向けた。



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2013年9月11日 (水)

秋来ぬと

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お参りの方が見える。

近所の天満宮に掲示してある9月の「生命の言葉」


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       (古今169)

母は、紀氏で若いときの紀貫之と交流が有ったと思う。奥さん同士が姉妹なので在原業平とは、親しかっただろう。能書家で、小倉百人一首にも18番は敏行の歌で有る。

十世紀初頭に亡くなっているから、千百年位、日本人に親しまれてきた歌。

こんなに時間が経っても、普通に社会生活を送ってきた日本人には、特段の解説が無くとも、理解されているのだから、日本語というのは相当安定した言葉のように思える。又、日本人の心も多分千年以上前に既に高いレベルに達していた気がする。


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つい先日、夏の雲が有ったのに、近くの疎林の公園にキノコを見つけた。雨後のキノコ、直ぐ大きくなって、直ぐ傘が開いて、もう無くなっていた。


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散歩の戻り、後ろから声を掛けられたと思って、振り返ると、いつもの猫。

俺の苦労も知らないで、と言いたいところだけれど、お互い様か・・・


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