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2014年6月 6日 (金)

人生最期の言葉(3)


年配の友人が、自分に言った実質的最後の言葉~~♪



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「俺はキリギリスだったが、最後まで自分が好きなように生きた」

凄い人生ですね~~♪

「立派な人生」「惨めな人生」そんな物は有りません、物差しは社会ではなく自分。税金を払って法律を破らなければ、後は勝手に生きればよい。

とは言いながら、最後の希望の、釣りに行きたい、これは叶えられなかった。

合掌。






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コメント

他から振り回されない、自分だけの人生を送れた。全てに感謝できた方なのか、西郷さんのような方だったのか、どちらにしても、残された方々、結果はどうあれ、故人に対し、本当に自由に生きた人だったと見送られたのかもしれません。善哉、自他ともに認められた人生。同じく、合掌。

人間悲しいかな、井の中の蛙が好きでないようで、大海を覗いたり、隣の芝生を覗いてしまいます。ここから煩悩が始まってしまいます。小生、本物の仏教の国で生活してます。仏陀の教えを知る、大切な事かとは思いますが、まずは第一歩として、お坊さんに対し、一人で三拝できる事、三帰依宝(文)を唱えられる事を目標に、現在、心の準備中です。

投稿: カラシン | 2014年6月 6日 (金) 09時56分

「立派な人生」「惨めな人生」、物差しを社会じゃなくて自分に持って来れば、確かにそれは有りますね。
「立派な人生」とは、自分に嘘をつかない人生だと思ってます。
「惨めな人生」とは、おてんと様に顔向けできない人生ですかね?
良い悪いは自分で分かってるはずですから。

まあしかし、ジタバタしても仕方ありません。
人生は積み重ねですから。
出来る事ならば笑って死ねるのが理想ですが、そうでない場合、いきなり満足させられるのなら、無理してでも納得させるに越したことはないかと。後は野となれ山となれというわけで?
完璧な人生なんて無いわけですから。

ブッタだって、自分が出家しちゃったために国が滅びてしまい、自国民が奴隷の身分に落ちちゃったわけです。アレは痛かったと思いますよ。
それ以前にも、唯一、息子ラーフラに出家を薦めたために、親父さんの王から「お前に親の気持が分かるか?あと取りを失って、更に孫までも毟り取ろうとするのか?」と訴えられて絶句したといいます。その後は誰にも出家を薦めることはなかったとか?、これも痛いな

そうかと云えば、私の元嫁のような仁義無用、厚顔無恥な人種もウジャウジャ居ますからね。
更にもっともっと悪いヤツもゴロゴロいますよね。

それを考えたら、御友人もキリギリスだったかもしれませんが、私から見ると善人のウチですよ。
ご冥福をお祈りします。

投稿: muga | 2014年6月 6日 (金) 11時55分

カラシンさん、こんばんは
この方の最晩年のみのお付き合いでしたが、彼がもっと若く元気でしたら、弟子入りしたかも知れません。
老年に成る前は、勤勉で商才に長けていたと思われます、但し、再投資とか、事業拡大とかは、興味が無かったらしく、享楽に使った様です。少年の頃(終戦の時に小学高学年)の体験も影響したかも。

大西郷の「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの」じゃなかったでしょう。
でも世間の評価なんて、屁の河童の人です、多分。

言葉全然解りませんが、タンブンで早朝から寺院に行って、御詠歌みたいなのを聞いて、ご飯食べさせて貰って、勤労奉仕の自分の都合の良いところだけ、参加させて貰った事が有りますが、良いですね。

老人が何もしないで、椅子やら縁台で日長一日、ボンヤリ外を見ている、って実は憧れています。

心の準備は大切ですよね

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月 6日 (金) 18時20分

ムガさん、こんばんは

ブッダの話や各佛、~~如来、~~菩薩、~~天等の来歴の本を見ると、飽きないです。
世界の大きな宗教で、一番平等で、控えめで、奇蹟を起こさず、心の問題を扱っているのは、仏教でしょうかね。
日本は千数百年前から、本筋を理解しているように思います。
平安の貴族も戦国の武将も晩年に出家している人、多いですが、この意味をもっと噛みしめた方がいい気がします。

人生の危機と生活の危機がゴチャゴチャに成りそうですが、社会やら世間から期待される人間像ばかり演じていると、生活の危機は比較的遠そうですけれど、いわゆるサラリーマンとか定年になったら、目標を失って、人生の危機が訪れて居る方、多いそうです、手遅れだそうですが(笑い)

公園を散歩していると、男性老人の一人歩き多いです、暗~~い顔でベンチに坐っている人も多いです。
「面白き事も無き世を面白く」って!

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月 6日 (金) 18時38分

いやいや、難しお題です。(笑)

「物差しは社会ではなく自分」、私も同感です。
人に迷惑をかけなければあとは自身の考え方ですよね。

その時、その時にはいろいろ後悔したこともありますが、今振り返ると今までの人生には後悔はありません。
これからもそう思える人生を過したいです。

投稿: ドラえもん | 2014年6月 7日 (土) 17時56分

ドラえもんさん、こんばんは
その人は、立ちんぼも遣ったことがあるのですが、首に成らない程度にサボりながら働くと長く働けるって、労働観は、ヨーロッパ人の様な感じに思えました。
ちょっと見は、人の事を言えた義理じゃ有りませんが、怪しかったです。

良い事と悪い事はセットなのに、止める時は、悪い事ばかりが気に掛かり、過去を振り返れば、良かった事ばかりが思い出され・・

効くものなら、少し爪の垢を頂き煎じて飲みたいです(笑い)

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月 7日 (土) 22時41分

ドラえもんさんと同じく 難しお題です。
でも大事なことでもあります。
行ってみたいのは イギリスですが、キリギリスにも それぞれに必要な人生を過ごしたハズです。

自分も現実味を帯びて来ると、考えてしまいます。
(すみません、上手くまとまりません)

投稿: 朝太郎 | 2014年6月 8日 (日) 14時58分

朝太郎さん、こんばんは
昔、隣の芝生は青いって言ったら、
そう言うこともあるが・・・
あなたが見ていないときに、隣人は雑草毟りをして芝刈りして散水して、施肥をして居るからですよ~~♪
無闇に羨ましがらずに、あなたも努力をしなさいって。ガーン。

前向きビールス、貰っています
考えてもしょうもないことは、考えず、有りの儘で、楽しく生きて行きたい物です

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月 8日 (日) 21時05分

好きなように生きるつもりで
会社を辞めてタイへ来て
益々自由が無くなっていく。
父の聞き取れる最期の言葉は
私を呼べだったそうですが
それさえも叶えられなかった。
自分でも馬鹿だなと思います。

投稿: メンカーム | 2014年6月 9日 (月) 00時48分

メンカームさん、お早うございます。

悩み深き人生・・
自分も、こんな人々は、共に語るに足らず、って思って、色々なところを止めましたが、
その瞬間は良いのですが、色々悔いが残っている感じです。

でもまあ、選択したことは、もう取り返しが付かないし・・1つ選択すれば、その他全ては、選択できない物だし、と言うか捨てる事に成るし、余地が沢山有っても、何も選択しなければ、貯金をしっぱなしで、全く使わず、臨終の床で、預金通帳を、眺めるって事で、つまらんでしょう。

過去は過ぎ去った幻影・・
未来は未だ来ぬ幻影・・
今をそのままを受け入れて生きるしかない、と思うようにしています。

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月11日 (水) 10時24分

ハシビロコウさん、こんにちは。
およばずながら、上記の言葉をワタクシなりに解説させていただきますと、
過去の記憶の中には、必ず誤知が含まれています。正確に状況を再現することは不可能。
よって、自分がそう思っている記憶ってのは、部分的なものに過ぎないのです。つまり妄想の一種?
そこをずっと考えていたとて、ラチがあかない。だから、過去は反省の材料としてのみ役に立つのです。

同じく、将来は確定していませんので、煩ってもしょうがない。なるべく事前に打てる手は打っとくに越したことはないが、何にしても出たとこ勝負。つまり将来の不安も妄想の一種。

ところが、今現在は確かにあります。これだけは妄想じゃない。ここをどうするかだけは個人の自由の範疇。眉間にシワを寄せる事も出来るし、ニコニコする事も出来る。怠ける選択もありゃ頑張る選択もある。
只今することによって、過去は変わらずとも、将来の現象は変わるでしょう。
この、過去や未来といった不明瞭な部分に捉われて生きている時間の量を考えるに、なんともったいないことか。
ゆえに、今現在に集中すること、気付くことが大切だと。
そのための修行方法として、ヴィッパサナー瞑想をブッダは推奨したそうです。悟りに至るには、この方法が一番だそうです。
禅なんかは、どちらかと言うとサマタ瞑想と云われる、その前段階に心を落ち着けて、善の方向へ心を向かわせる瞑想のようです。
どっちも大切だそうですね。

副産物として?智慧が湧き出てくるそうですが、それは経験者だけに語ることが出来るってことで、能書きシリーズはこの辺で

投稿: muga | 2014年6月11日 (水) 12時10分

ムガさん、こんばんは

ご解説いただいて、有り難うございます、とっても分かりやすいですね。大変参考に成りました。

自分は過去には、憧憬と悔やみが多く、未来は不安と悲観が多い様なので、もう少し考え方を変えたら良いかな~~♪と思うようにしています。

最近、図書館から数冊借りる時、仏教系のオジサンの本も1~2冊借りています。
ただなので、暇な時にドンドン読んでいます。その内、原典に近い物の翻訳、解説も読んでみたいと考えています。

瞑想法について、お詳しいですね、教えていただいて有り難うございます。
二つの瞑想法は、是からボチボチ研究して、概念だけでも掴もうと思っております。

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月11日 (水) 22時11分

かなり以前の事ですが、
50才前後でまだ若い釣り好きな人がいました。
暫く顔を見せないなぁ~ なんて思っていたら、末期がんに侵されていて手の施しようなく余命数日と宣告され
家族から「最後に好きな事をすればいい」と言われたので私の所へ釣りに来ました。
「ぜー ぜー」と息使い荒く今にも・・・
もし船上でお亡くなりなられたら大変なので
その旨を伝えると、連れて来てくれた仲間の方が、それは家族、本人 皆承知の上で 「もし何かあっても責任は全てとる」と言う事なので乗せて行きました。
私の目の届く範囲に座らせ、好きな釣りを思う存分「ぜー ぜー」と辛そうでしたが、その表情は幸せそうでした。
幸いその場は何事も無く終わり帰路につき
自宅に着いて眠ったそうですが、それが最後で目を明けることはなくそのまま旅立ったそうです。
その後 家族から穏やかな顔で永眠したと知らせがありました。
勿論その日は大漁でした。

せめて旅立つ時くらいはシガラミに縛られないでいたいですね。

投稿: MITU | 2014年6月13日 (金) 20時58分

MITUさん、こんばんは
ドラマにも無いようなすごい話で、それを眼前で経験ってすごいですね。

若くして亡くなるというのは、残念な事ですが、家族、友達、回りの人々、船長さん(!)等が協力して、最後は大漁で、この世を去る、人生そのものがもしかしたら、大漁かも知れませんね。
ホント、他人に大きな意味で迷惑を掛けないで、警察のご厄介にならないで、払うべき税金を払って(少なめに書いても多いですなあ、笑い)居れば、自由に・・或る年齢を超えたら、昔のように隠居して、勝手に生きるって事にして貰いたい物です。

特殊な人を除けば、生涯現役でいきいきと生きるって幻想は、大部分を不幸にする話に思えます。

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月14日 (土) 21時38分

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