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2014年6月 4日 (水)

人生最期の言葉(2)

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とおりゃんせ




日本には千年以上前から、辞世というのが有り、それなりに伝わっている。特に和歌に託されている場合は、心に響く物が多い。

簡略な伝記などを読んで辞世を見れば、さもありなん、と言うことが多いし、心の奥底では、へぇ~そうだったのね、と言うこともある。

何か、言葉を残して貰いたかったと言う人でも、大部分は何も伝わっていない。

自分の様な凡人は特に何か言いたい事もないけれど・・・何か言った方が良いのなら「皆様さようなら」

テレビを観ていると、死刑囚に、教誨師が、執行直前に何か言い残すことは無いか、みたいなシーンが有るが、あれは本当だろうか・・・何か怪しいことを言う人は居ないのだろうか?

老少不定で、何時その時が来るかは誰も知らないが、何か言いたい人は、日頃から準備をして置いた方がよい。いざの時に、今がいざの時だと言うことは、中々知り得ないだろうけれど・・・

それが本心だろうが、人を惑わす言葉であろうが、もし強烈な一発をかましたい方は、準備しておかないと、とても出来る物ではないと思う。

ただ、焦って、言おうと思っている事とは関係ない突拍子も無い事を口走らない様に注意しないとね、死んじゃって言い直しが出来ない。特に人の恨みをかったり、人生を台なしにしたりするような“失言”が無きよう、特にご注意。

一応念のため、死の直前の言葉が正しい、と言うことは全く無い、良くも悪くも言った物勝ち~~♪

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コメント

人生最後の言葉難しいですよ
私 先妻(死別)あの世に行って会った場合
どの様に言うか
私と結婚して幸せだったか?
先妻亡くして その後の私の行動はやむおえないか
子供の成長は(息子 娘の結婚は如何か)
時々コメントでも出さないと
私が死んだかも 嫁と離婚したかも思られるのも如何な物かもと思ったり

投稿: カメザコ | 2014年6月 4日 (水) 17時30分

こんばんは、ちょー暑いっすね。

人生最後の言葉ですか~‥‥
んー、九州ということもあり、私の周りでは、あまり言葉は重要視してないようです。
というか最後の言葉よりも、日ごろの行いの方を想い出しながら、皆さん評価をしてますね。

私自身は、死に前には「別にいいか」って感じで、「話しても話さなくても大した変りがないよな」
「もういいよ、もういい」ってなりそうな気がします。
たとえ失言を放ったとて、周りは聞いちゃいないでしょうし?

それよりも、日ごろの積み重ねの足らざるを陰口で叩かれないように気をつけねば

投稿: muga | 2014年6月 4日 (水) 21時19分

カメザコさん、こんばんは
当地は連日30℃ほどで、季節外れの暑さでしたが、明日当たりから、梅雨入りで気温は下がるようです。

色々な事を、勘案しながら、それなりに遣って行くのでしょうが、まあ、お国のためとか、会社の為とかで、頭に血を逆上せないで、自分のために、自由に生きて行ければ、良いのですがねえ。

存在証明のためにも、袖を触れ合うためにも、外出すれば、良いこともあるさ。

今読んでいる本は「善人」のやめ方、ひろさちやって言うんですが、ちょっと面白いです

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月 4日 (水) 22時28分

ムガさん、こんばんは
貴地は、暑いらしいですね
歩くときは、日陰をどうぞ

今まで、お口の上手い人が、社会に多かった様ですが、言葉少なく、しっかりした方の社会が、これからの形かなあ、と希望しています。

年が行って行くと、段々どうでも良くなって来るそうですが、ブッダの慈悲かな、とも思います。
余り長期間飢餓状態にあると、空腹感も不幸感も、そんなに無いって或る本に書いて有りました。進化の過程で、獲得した良い点の様な気がします

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月 4日 (水) 22時38分

「とおりゃんせ」と「かごめかごめ」とを 一瞬錯覚してました。
人生最後の言葉って難しいですよね。
特に最近ひょっとしたら 自分も無関係じゃないと 思ったりしますと。
言葉じゃないですが、長女・二女・長男・次男・三女と子供が5人(現在 長女と長男・次男は大阪、あと二人は東京)いるのですが、子どもたちに何もしてやれない自分が情けないです。
借金だけ残して死んでしまってもねぇ。
こんなことも考えている時もあります。
ゴメンナサイ変なこと書いて・・・
きっと良いことがあると思って生きています。

投稿: 朝太郎 | 2014年6月 5日 (木) 01時04分

朝太郎さん、お早うございます
当地は今日当たりから、梅雨入りするかも。

お子様が5人もいらして、それも絶妙の配列で(笑い)、それぞれご自分の道を進んでいるようで、大変素晴らしい事ですね。

ありったけお馬鹿を遣った政治家や財界人がが、最近多すぎて名前を挙げるのも大変ですが、ちっとも理解しないで、害毒流し続けていて、困った物で、もう口をつむいで欲しいです
言わない事が、良い事だったりしますね。

これからは、主に自分の為に生きて、良い事が沢山有ると信じて、進みたい物です。
柵もそれなりに有るでしょうが、誰でも有りますからね。
高杉晋作の辞世でも無いかも知れませんが
「おもしろきこともなき世を(に?)おもしろく」自分は参考にしています

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月 5日 (木) 09時16分

昨日は、鬼の居ぬ間に洗濯で、初めての昼ビールやってたら、明日の間違いだったと鬼が戻って来てしまい、慌ててしまいました。

辞世を残された方々、有名?で一家言持たれた人々だったのかなと思います。凡人、元々世の中の為とか偉くなりそうな事は考えずに生きて来てるので、敢えて、下手な辞世を残して、墓参りに来てくれるかもしれない人の数を減らす真似はしないほうが得策かもしれません。感謝の言葉もあちらを立てればこちらが立たずになるので、やはり、沈黙は金成りだと思います。

先日のクーデターで日本の孫娘から「じじ撃たれないでね」とメールを貰いました。心配してくれてる人が居る。現世、これだけで、感謝・感激させてもらってます。

投稿: カラシン | 2014年6月 5日 (木) 09時57分

仏教では、善心所(心の良い要素?)不善心所(心の悪い要素)が、物事の善悪を決めるといいます。
「我を信ぜよ、信じなければ永遠の業火で焼かれるぞよ」みたいな神様が勝手にエゴで決めたルールじゃないんですね

そんで善心所は25種類あるんですが、その中で無理して頑張らないと身に付かない要素、自然には湧かない感情が6種類あります。(そこが精進の肝?)

そこの一つに「無量心所」ってのがあって、簡単に云えば「思いやりの心」なんですが、人間を含む生物は、生存のためか基本エゴで出来てるそうでして、これは努力しなければ身に付かないっていうんですね。

といっても、何をどう努力すれば良いのか分かりにくいってんで、ご丁寧にも努力の目安として四つ上げてくれてるんですが、、それが慈、悲、喜、捨、の「四無量心」ってやつなんです、ええ
漢字というフィルターを通さずに直訳すれば「慈」は古代パーリ語でメッターというそうですが、つまり「友情」のことだそうです。
生命は皆兄弟という事で、それが怒りの無い心を育てるのに有効だそうな。
「悲」はカルナー(抜苦)、他の苦しみを無くしたい気持ち、見返り無く助けたい気持ちだそうです。
「喜」はムディター、他の幸せを喜ぶ気持ち。
「捨」ウペッカー、平等心だそうで、感情抜きで中立に物事を見ることだそうです。
ブッダは常にこの四つをセットにして教えていたということです。
こうやって振り返ると、耳が痛いっていうか、なかなか自分の完成度の低さが浮き彫り出てきます
なんだか能書きが過ぎてるようなんで、参考まででお願いしまっす。
今日も一日、良い日でありますように

投稿: muga | 2014年6月 5日 (木) 12時46分

カラシンさん、こんにちは
関東甲信越は、今日から梅雨入りのようです。今は、五月雨って感じで降っています。気温も23℃とかで昨日まで30℃アップと違って、肌寒い

鬼ごっこ?美味しいビールを味わおうとしたら・・
自分は大伴旅人が好きなのですが、その和歌で「あな 醜 賢しらをすと酒飲まぬ人を よく見ば 猿に かも 似る」

タイも亡き人を偲んでタンブンをなさるようですが、自分が知っているのは、タイ人の場合は、個人のお墓で、普通の人にとっては、暫く経つと誰のか解らなくなりそうで、自分としてはその方が、良いような気がします。
沈黙は金、久しぶりに聞きました最近は、要らぬ事を言う方が多くて

お孫さんから優しいメール、良いですね。
近くの方に、感謝の笑顔で

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月 5日 (木) 17時25分

ムガさん、有り難うございます、大変参考になりました。
何か詳しいので、そばでお話しを聞いてみたい気がします。

時間が出来たら、大般若経、大日経、大般涅槃経~~等を読んで、と思っていたのですが、無聊に耐えられず、過去の栄光(?)を思い悩んだり、アホな物です。

今読んでいるひろさちやの『「善人」のやめ方』って、それなりに面白いです。どちらかと言えば、今の自分を考えるのに、良いかも知れません。

少欲知足だと良いのですが、ちょっと足りると、もっと、で際限が無く、時々苦笑いをしております、悩みの元ですよね。

誰にも、自分にもちょっと良いことが有りますように

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月 5日 (木) 17時40分

私の父の最後の言葉は「まだ死にたくない」「まだ海に出たい」でした。
その言葉の真意はいまだ解りませんが、
その父が亡くなった年齢にあと一歩になりました。
人生最後の言葉は思いつきませんが、
死してなお負担をかけたくはないので
何もせず忘れてほしい・・・かな!?

なんか悲しいコメで失礼しましたm(__)m

投稿: MITU | 2014年6月 5日 (木) 20時07分

MITUさん、こんばんは

お父様は、色々無念だったでしょうね。
生き方は少し選べることもありますが、生老病死は、如何ともし難いですね。

生きた、愛した、食べた、歌った~~
或る意味、イタリア人のように、これから生きられれば、良いのですが・・

ナンクルナイサ~~と言うことで、ニッコリ笑って又歩きましょう

投稿: ハシビロコウ | 2014年6月 5日 (木) 22時29分

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