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2014年7月29日 (火)

生きていれば

あの日、自分は、胃癌手術後で高台の病院に入院していた。家族は、婆さんも含めて、娘夫婦、孫3人、全員亡くなった。



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自分は病気になったが、幸せで、家族に見守られながら、死んで普通に寿命を全うできる予定だった。




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生きていれば、それだけで価値が有る。そうかも知れない。アラブに『死んでいない奴には、未だチャンスが有る』という格言があるそうだ。そうかも知れない。

でも今の自分の気持ちは、せめて、あの時に一緒に死んでいたら、と言うことだけだ。



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追記:
皆さん、ご免なさい、言葉が足りませんでした。
大変ご心配をお掛けしました。

自分の事ではありません。
こう言う方が居たと言う聞いたお話しです。

重ねて、大変申し訳ありませんでした。








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コメント

老少不定の言葉、気にはなっておりましたが、事情も知らず、ぶしつけな事ばかり述べてばかりで、申し訳なく大変失礼致しました。お許し願いたい。

生きていないと、笑えません、お話し出来ません、ご飯を食べられません、どこかに行く事もできません、夢も見られません、やり直しできません。そして、なによりも先に逝った方のお世話ができません。生きて居ればこそです。

生きていると思えば辛い現実になってしまいますが、それぞれが「生かされている、生かされていた」と思うことで、色々な事が運命と思え、後悔とか無念さとかは薄らぐと思います。

心中お察し申し上げます。今後とも、ご自愛下さいますように、タイの地より祈念しております。

投稿: カラシン | 2014年7月29日 (火) 11時26分

こんにちは、いつもお世話になっています。
文章の字数が多くないので 詳細が分からずごめんなさい。

私も、昨日病院へ行って 結果と 今後の治療方針を決めてきました。
夜、子どもたちにメールし、代表して長女(大阪)、二女(東京)と電話で。
「あなた達に 何もしてあげられなかった父さんを許して」と

ゴメンなさい 変なこと書いちゃいました。chick

投稿: 朝太郎 | 2014年7月29日 (火) 12時12分

カラシンさん
ご免なさい、言葉が足りませんでした。
大変ご心配をお掛けしました。

自分の事ではありません。
こう言う方が居たと言う聞いたお話しです。

重ねて、大変申し訳ありませんでした。

誤解を与えてしまって、消え入るような気持ちですが、暫く自戒の為に、削除しないで、このままにします。

~~~~~~~~~~~~~

カラシンさん、
本当に、済みませんでした。
こんな形でしたが、カラシンさんの本当にお優しい心に触れることが出来ました。

他の人の心を試したことは、今まで、自覚的には一度もありません。
これからも、そのような不遜な事は、しない積もりです。

ご寛恕を持って今後も接して頂きたく、宜しくお願いいたします。

頓首

投稿: ハシビロコウ | 2014年7月29日 (火) 14時22分

朝太郎さん
ご免なさい、言葉が足りませんでした。
大変ご心配をお掛けしました。

自分の事ではありません。
こう言う方が居たと言う聞いたお話しです。

重ねて、大変申し訳ありませんでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~

朝太郎さん
本当に、済みませんでした。
いつも朝太郎さんと心は隣にあります。

皆様から、非難を受けるのを覚悟して、当面本記事は、自戒の為に削除しません。
お会いした事が無い人ばかりですが、

百人一首34番『誰をかも知る人にせむ高砂の松もむかしのともならなくに』

ここに来ていただいて居る方は、全てむかしからの友達の様に気持ちです。これからも、宜しく、お願いいたします。

頓首

投稿: ハシビロコウ | 2014年7月29日 (火) 14時32分

ドキッ・・・でした。
「こう言う方が居たと言う聞いたお話しです。」というのは分かりましたが、「生きていれば・・・・」ということを書く心境が何だか・・・・です。
旨く言えませんが、嫌になること多々ありますが、楽しいことを考えて生活するようにしています。
最近、人間とも思えないような事件が起きています。それなりの理由は有るんでしょうが、人間は他の動物とは違います。
最近は他の動物にも劣るような事件も起きています。何か悲しいですね。
残りの人生、他の人からあまり後ろ指を差されないように過ごしたいものです。

投稿: ドラえもん | 2014年7月29日 (火) 16時12分

津波か地震かで人生計画が狂われた方なのでしょうか。私なんかが窺い知れないほどの苦悩の日々だったことでしょう。
ただただ安らかなる日々を過ごして欲しく思います。

予定ほどあてにならないものはありませんね。
私も「人生勝ったかな?」なんて自惚れてた日々が懐かしいです。

その後「あの時、死んでれば」とは考えたことがあります。
少なくともどちらかがさっさと死んでれば、愛する人から裏切られてボロボロになるような経験も知らずにすんだものを、と。
美しい想い出だけが残っていたものをと。

今はただ、子供の人生だけを考えて息をしているだけです。

ろくな励ましの言葉もなくて申し訳ありません。
浮き足立たつことなく、打ちひしがれることもなく、ただただ淡々と生きていくのみだと考えております。

投稿: muga | 2014年7月29日 (火) 21時19分

ドラえもんさん、お早うございます。
ご心配いただき有り難うございます。

安易な復興とか絆とかとと言う発言に、心が痛んでいる方が大勢いると聞いて、
住宅が再建されたり、工場が再稼働するのが復興の主な意味でしょうが、そう言う方々には、いわゆる復興は、無く寄り添って生きて行く、何かしらの方法が有ったら、良いなあと思いました。

大きなお宅に住んで、高級な車に乗って、贅沢な食べ物を摂っている人のみが幸せ、って感覚を見直して、地味に心豊かに、暮らせる道も、しっかり確保したい物だと、思います。
タイトルは、意味深で、ちょっと他の人を不安にさせたかもって。

投稿: ハシビロコウ | 2014年7月30日 (水) 05時34分

ムガさん、お早うございます。

共感を頂きまして、来ていただいただけで、充分有難く、感謝しております。

いつも元気に、大声で挨拶をして、毎日楽しく暮らす、って良いことだと思いますが、災害に遭った人や病気の人には、そう言う物を経験したことのない人が、挫けないで頑張れって、励まされても、辛いことも良いのかも知れません。
相手の心情を思い遣ってと言う優しさは、内在しているとは思いますが、誰か引っ張り出して、育まないと、中々、身につかない物だと、思います。

山上憶良の歌に:-
「術(すべ)もなく苦しくあれば出で走り 去(い)ななと思えど子等に障(さわ)りぬ」
((万策尽き果て、これ以上手の施しようが無くなった。走り出していって死んでしまおうかと思うが、そこに我が子の姿を見れば、自分が居ても子ども達はこの状態なのだ。甲斐性のない父親だが、自分が死んだら子ども達はもっと悲惨な状態になる。))
千数百年前の人が、現代人にも共感のある歌を作っていました。

今学校でどんな教育をしているか不分明ですが、情操教育は有るのでしょうかね。


投稿: ハシビロコウ | 2014年7月30日 (水) 05時55分

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