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2014年8月26日 (火)

風をいたみ


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最近は、爺さんになったばかりではなく、財政的にも色々問題が有り、それより何より、三重苦、見てくれが大転換() 、チ○、デ○、ハ○になっちまって、全然もてなくなりましたが・・・昔からもてない?

一応、目標にしていた顔がテカテカしてムッツリして、スケベっぽいのは、達成できている気がします。

もてる人の話によると、もてないのも辛いだろうが、もてるのも辛いって。苦しみは、何処にも有るもんだ。

勿論、大金持ちにもそれなりの苦しみは有るのだろう、自分は持てる苦しみには縁が無いけれど。

昔からボンビーだったので、ダンパ、合コンに誘われて断った事があるが、それで人を苦しめた、と言う自覚は無かった。

振られた事は何度か有った気がする、それで、少しは苦しんだが、この間、梅雨の晴れ間に、いつもの道を散歩していたら、突然、自分を振った人は、自分以上に苦しんだのかも知れないと思った。



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と言うのは、自分が嫌になった仕事を辞めて、暫くしたら、悪い記憶は薄れて良いことが強調されて、苦しんだように(アホですね)

原因と結果は、単純じゃなくて、色々な物が蓄積して、ああこれで駄目だってものの印象が強いかも知れないが、それは実際は単なる最後の引き金で有ろう。『最後の藁』と言うことで、広く通じるらしい。『藁』は、ちょっと記憶に残るけれど、色々な物は、遠くに霞みやすい。

相手が悪いと思って自分がより苦しんだと思っていても、実際はそんな事も無く、被害者っぽかった自分より、相手の方がよっぽど苦しんだのかも。

でもまあ、大抵の人とは、二度と会う事もないから、時に応じて思い出しても、少し嫌な気分に成ったり、少し楽しかったりすることは有るけれど、何もしないで、そのまんま。

石川や浜の真砂は尽きるとも、世の中に、苦しみの種は尽きまじ、って、五右衛門だったら言いそうだ。

オマケ:

百人一首48

風をいたみ岩うつ波のをのれのみくだけてものを思う比かな  -  源重之




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実は相手の女性も別の意味で、心が砕けていたかもなあ。






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2014年8月14日 (木)

報道番組



あざとい偏向報道、牽強付会はおいといて、

並み居る爺さん連中が、この暑いのに、仕立ての良さそうな背広で決めて、と言うことは冷房をガンガン使った部屋で、エネルギーのことは何も考えていないのに、事故が起きる前には何も言わなかったくせに、原発に反対したり、哀れみの表情で、室内にいて熱中症に成らないように貧乏人に注意喚起したり、お座なり、その場限り、いい加減だと思う。


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青少年の凶悪な事件が起きると、今の子ども達は、家の中で「ゲームばっかりして、現実が解っていない」って宣わって、恬として羞じない。

住宅地から広場を無くして、小さな空き地や林を駐車場にしたのは、金儲けを企んだ、あんた等だろう。



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休みの日には、虫一匹さえ飛んでいない薬漬けの不自然な自然のゴルフ場で、クラブ一本持って、後ろに、暑い中、キャディに残りのクラブを背負わせて居るのに、言っていることは「子ども達は自分の事は自分で出来るように躾けなければ成らない」



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ゴルフ場を造成するときに、マンションを造るときに提供公園を作らなければならないように、住宅地にせめてその1/100の面積でよいから、自然公園を作ってくれれば良かったのに。

この連中、責任感ゼロで、悪いことは全部他人の所為で、自分の言うことを聞いていれば、問題はたちまち解決する、無能な政治家を放逐して国民の為になる政治を実施しなければ成らないって、良くも言えた物だ。食糧自給率を他人事の様に話して、それでいて高価な物を食べて、贅沢三昧

って、この間遊びに来た友達の越後屋が言っていました。


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2014年8月 9日 (土)

湯船の髪の毛

テレビを見ていると髪の毛の悩みに応える宣伝が結構多い。それだけ需要が多いのだろうと思う。全員が同じ道を辿れば、余り大きな悩みでもないだろうが、他人より早くハ○が始まれば、それなりの悩みなのだろう。

ハマヒルガオ
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月日は、誰にも平等にやってくる。

ちょっと見てくれが若くても、内臓が若くても、血管が若くても、そんなのは、一時の気休めだ。

自分は『マルビ』なので、やっかみで言えば、若さを保つという化粧品や健康食品、スポーツクラブ等とは縁遠い、宣伝されるとムカッとしている。

同級生より少し髪の本数が少ないとか、髪が白く成ったとか、皺が多いとか、小さいことで、ワザワザ自分を不幸にすることはない。自分が気にしているほど、他人は気にしていない。年が行ったら、男は爺さんに成ればいいし、女は婆さんに成ればよい。

自分と血族が、髪の毛が薄いとか、太っているとか、小柄とかだったら、子供達がそうなる可能性は高い。小さいときから、教育して、個性だし普通のことだ、と教えておけばそれで済む気がする。

若くして重大な病気になり、それと闘っている人もあれば、それで亡くなった人とかに比べたら、そんなことはどうでも良いことだ。小さな事でワザワザ不幸になることは無い。

昔、学生の時のサークルにまあ、正直に言えば、造作だけで言えば、普通の感じの女性が居たが、いつもニコニコしていて、ちょっぴり美人に見えた。みんなに割りと持てていた。多分、親御さんが、小さいときから教育したのだろうと思う。良いことだ。

近所の祭りの屋台
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自分は昔、風呂から上がると、湯船に髪の毛が数十本浮いていて、是はもうその道まっしぐらと思っていたが、年が行くにつれ、本数が減ってきた・・・

どっちの本数が?湯船の髪の毛?頭の髪の毛?

ナニ、見てんの!

チ○、デ○、ハ○で何が悪い!

あっ、失礼。悟りの道は遠い。

これ又本分とは関係ない

酒井大阿闍梨猊下

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