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2015年9月 9日 (水)

ノーベル平和賞

レースに参加して貰った訳じゃないから、受賞後、どんな態度や行動を取ろうが本人の勝手、とはいうものの、辞退しなかったのなら、少しは受賞理由が有ったことが認められる行動が有ると嬉しいね。そうじゃない場合は、別に返上しろ何て全然思っていないが、嬉しくない。

平和賞の猟官運動をしている人も、多数居そうだけれど、外部からの評価を得て、自分の行為にお墨付きを貰いたい?自信が無いと言うこと?

オバ○大統領

「核無き世界」に向けた国際社会への働きかけ。

あれから56年経っているけれど、広島へも長崎へも一回も来ないし、勿論理屈から言ったら来られるわけは無いかも知れないが・・・・自国の核兵器も減らした様子は見えない。その後、何か特段の行動をしたとも聞いていない。

自分は、国際法違反とか戦争犯罪というより人類の生存と尊厳に対する重大な冒涜と挑戦であり史上最大の非人道的行為である広島・長崎への原爆投下を忘れないし、赦しもしない、又、後で彼らは理屈を並べ立てたけれど、要するには、自国の利益のためには、手段を選ばないと言うことである。原爆投下を決定したルーズベルト大統領とチャーチル首相を初め、人類の馬○の代表として、歴史に名を刻むトルーマン大統領の事も決して赦しはしないけれど、オバ○大統領が長遠な核無き世界への挑戦を本気でするならば協力するつもりだった(ちょっと偉そうだね)。要するに彼の得意の口先だけだった。

オバ○大統領は、軍需産業と巨大金融資本に魂を抜かれてしまって、彼らの言いなりに成り下がって、挑戦は放棄した。要するには、トルー○ン大統領の後継者に、名を連ねた。

アウンサン○ーチー女史

「彼女の不断の努力を称えるため、また平和的手段によって民主主義、人権、民族和解を達成しようと努力している世界中の多くの人々への支持を示す」

あれから25年経つが、国内の少数民族への民主主義、人権、民族和解を達成しようと努力している、とは全然見えない。最近は特にロヒンギャの苦難に関して、自分は、手を差し伸べる立場に無いと、言ったらしい、真偽は確かめようもないが、本当なら酷い受賞者の1人だと思う。何十年もイギリスで暮らしてから、なんで祖国へ戻ったのだろうか。

レドゥクト氏

和平交渉は進んでいたが、未だベトナムには平和が訪れて居ない、って事で四十数年前に、彼は辞退した。自分の行為に対して外からの権威付けには、価値を見いださなかったのだろう。

ダライ・ラマ14世猊下

「私が平和のために多大な貢献をしているなどと言われると、恥ずかしくなってしまいます。吹き出したいくらいです。世界平和のために多くのことをしたなどと考えているわけではありません。私が実践しているのは、親切、愛情、慈悲、他者を傷つけない事という、平和の道であるに過ぎません。こうすることが私の一部に成っているだけです。特別買って出たことではありません。
 私はブッダの弟子であるに過ぎません。ブッダは、忍耐こそが苦しみを克服する最高の方法であると教えて居ます。そして、『他者を傷つける僧侶は僧侶ではない』と仰いました。私は仏教僧侶ですので、それを実践しようとしているだけです。その実践をユニークで特別だと考える人が居たり、私のことを世界平和の指導者だと呼ぶ人が居たりすると、恥ずかしくてたまりません。
 善き心はあらゆる幸福と喜びの源です。そして努力さえすれば誰でも善意の人に成れるのです。しかし、菩提心の方がさらに強力です。それは智恵をともなった善き心だからです。菩提心とは、生きとし生けるものを苦しみからすくい上げてブッダの境地に至らせるために、悟りを願う強い願望のことです。他の人のためになりたいというこの思いは、慈悲に根ざしています。そして慈悲はと言うと、生命有る物に対する感謝と愛情の気持ちから育ちます。生命有る物は苦しんでいるものだからです」

チベットで蹂躙された人々は、苦々しいだろうけれど、応援している人達は多い。

オマケ

日本国憲法第○条にノーベル平和賞を実行委員会

訳が分からんけれども多分、自国の歴史の勉強不足で、東京裁判史観より抜け出せないのかなあとは思う。

それとも、世界遺産に登録して貰って観光客を呼び込むように、観光客誘致の新しい手法か?(冗談)



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