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2015年10月29日 (木)

犬が嫌いな(?)理由

シェパード
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犬が好きだったり、猫が好きだったり、両方好きだったり、両方嫌いだったり・・それぞれ、似たような、違ったような理由が有るようだ。

人が沢山居るのに、人との付き合いは少なく、飼っている犬や猫にだけ心を開いて、癒されるという方も居て、色々有るなあ。

自分は、ペットを飼える環境じゃないけれど、勿論金銭面も含めて、・・・猫は兎も角、自分は犬を飼うのが、必ずしも好きじゃないかも知れない。

理由は・・

馬鹿犬は、馬鹿だから嫌いだが・・と言いながら、馬鹿だから好きかも・・

本当に主人、この場合は自分、に忠実な犬の場合は、もし自分が怪我で動けないのに、目の前に、その犬が、どんなに頑張っても絶対勝てない猛獣が、例えば豹が突然現れたら、自分を守るために、その犬は、絶望的な全く勝ち目のない戦いなのに、躊躇せず、我が方にさよならを言うために振り返ることもなく、その豹に絶対的な勇気を持って立ち向かって死ぬだろう。臨界反応とか言うらしい。

自分は、それ程偉いものじゃない、そんな礼儀で接していた訳じゃない。

そこら辺の政治家のように、国民をほったらかして、逃げれば良いんだよぉ。

勿論、そんな事は考えなくとも、気軽に飼えばよい、お前は了見が狭い、と言うのが大方のご意見だろうとは思う。

今の一部の政治家が、自衛隊員の命を守れとか、子供を戦場に送るな、とか言っているようだが、街の主婦ならそれで良いけれど、マジに考えている顔じゃないし、国家の存亡が怪しくなってきたら、税金から給与を受けていたのに、貯めていたそれを持ちだして、こっそり安全そうな国に引っ越ししそうだし、悪質なインサイダー取引も顔負けで、忠犬と比べるのはおこがましいが、馬鹿犬は馬鹿だからしょうがないけれど、その方たちは、頭脳明晰で、狡いから、いやもしかしたら、本質的な馬鹿なのかも、でもまあ遣ることは馬鹿犬以下で嫌いだ。

コンラート・ロレンツの「人イヌにあう」では・・・

「その心の本当のあたたかさを隠す仮面として無慈悲さで身を鎧っていたニーチェは、美しい言葉を残している『つねに他の誰にもまして愛し、決して後れを取らぬ事こそ信条とせよ』。

私はしばしばこの戒律を実行しているが、忠実なイヌとの関係においては、私はつねに遅れを取っている」

ん~~、

自分は、人に対して、意志を持っては、無かったと思いたいが・・知らず、知らずか、知らずとは言えか、自分を信じて居た者を、あっさり裏切っていた気がする、お互い様だろうけれど・・・

シェパードの机

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