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2017年4月10日 (月)

変なガキの普通の日々~~♪その5:泥炭掘り~~♪


当時田舎では、冬は薪ストーブ、豆炭の火鉢、炬燵は囲炉裏に炭火、消し炭も多かった、風呂のある家は、柴や薪~~♪

石油ストーブ・ファンヒーター、床暖房などと思っていると話しがよく理解できないかも知れない、エアコンというもの未だ知られて居なかったし、セントラルヒーティング(炬燵じゃないw)と言う言葉も知られていなかった。扇風機を持っている家は有った~~♪

そんな時代の小学校の高学年か中一の頃、社会か理科かは覚えていないが、泥炭に付いて習った~~♪

もしかしたら、我が農村地域でも大東亜戦争中に色々資材が不足して、泥炭も燃料にしていたかも知れない。

泥炭:この写真はネットから拝借したものだが、もうちょっと黒かった気もする
Photo



習って暫くしてから、祖父さんに話しをしたら、何カ所もあるのだけれども・・と言って、今度一緒に行って遣る、とのこと。祖父さんは、当時、凄い爺さんと思っていたが、今考えると、今のオラより、精々23歳上のはずだ~~♪

そしてある時決行、稲刈りが終わった秋だと思う。何時も釣りに行く大きな沼の北側の田圃に向かった。その畦道は幅2メートルぐらいで、リヤカー位なら通れて、虫や栗、他の木の実を採るときにも良く通る路であった。

後で考えれば、多分、そこは親戚の田圃で、事前に話しをしていたと思われるが、最後は細い用水の横の細い畦を通って場所を決めた。

水のない、やや湿った田圃の土を1メートル四方ぐらいを、当時祖父さんは3尺と言っていた気がする、屋根の雪下ろしをするときのように、四角に少しずつ掘り下げて行き450センチ、いやもっと掘ったかも知れない、そしたら、明らかに土の色が変わって、黒っぽい荒い感じの明らかに、今までの土とは違う湿った物が出て来た。

泥炭だ、田舎では何か別の名で呼んでいた気もするが、思い出せない。水気が多く脆かったが、煉瓦ぐらいの大きさにして、数個取りだした。跡地は埋め戻した。掘った割には、少し盛り上がっていたが、少し丁寧に踏んで平にした。代掻きをすれば、何でもなくなる、と言って心配顔の俺に言った。

泥炭は持って行った板に載せて、荒縄で板をつり上げて、家まで持って帰った。雨の当たらない裏庭の適当な所に放置しておいた。

残念ながら、どうしたか覚えていないが、もう乾燥した頃は、興味も失せて、燃料としてストーブにくべたのだろう。関連の何かを思い出したときに、記憶が蘇ることを期待しているが、その前に、みんなと同じ運命がめぐって来ると思う~~♪







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コメント

子供の頃の暖房は大きな丸火鉢と練炭火鉢だけでお店をしていたので閉めきる訳にいかず寒かったなぁ~sad
練炭火鉢を囲んで、夜酒を飲んでて危ない目にあった事のある亡父の年を私は1歳越しました。horseは苦手だけど乗馬を教えて欲しいと言ってたら喜んだだろうな。

泥炭とは珍しいです。泥炭→寒い所→スコッチウイスキーを連想しますが・・南国では土を掘ると軽石と火山灰しか出て来ません。

投稿: イッペー | 2017年4月11日 (火) 14時56分

イッペーさん

子供の頃は、今より風通しの良い(笑い)家に住んでいましたねtyphoon、北国だと朝起きると隙間から入り込んだ雪がうっすらと寝床の横にsnow
近所に馬が居ましたがhorse、夕方川に行って行水させるとき、乗って行く人は居ました。農耕に牛は居ませんでしたtaurus
蹄鉄屋さんは、小学校の頃に廃業して、それ以降、高度成長まっしぐらで、田圃からイナゴ、カエル、水生昆虫、魚が絶滅fish、人間は増殖、今はその逆になってきているようですsweat01
10年以上前は頻繁に、今は時々、ボルネオ島やマレー半島が山火事の煙害が有りますが、あれは地表の泥炭の火事のようですよsmoking
そう言えば昔、ジョニ黒¥1万、ジョニ赤¥5千だった気がしますが、今は凄いデフレで(笑い)¥3千/1.5千位ですねbottle

投稿: ハシビロコウ | 2017年4月12日 (水) 20時00分

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