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2017年11月 7日 (火)

棕櫚

今は我が郷里にも庭木として棕櫚が有るかも知れないが、少年の頃は無かった。よって見たことも無かった。

子供のころ、ハリマオだか、少年ケニアだかで見知って、憧れのあった南洋の景色のココヤシが、空に映える景色にも似て、棕櫚は或る意味、好きな木だった。今でもビンロウジュの木が海岸線に有るのは好きだ。

富士山じゃないよ・・

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こちらに出て来て、結構何処にもあって驚いたが、余り世話をされていないのが多いのにも驚いた。

少年の頃、未だ竹の箕は豆と殻をより分けるのにも使っていたし、その他竹製品は身の回りに沢山有った。近所には、笊屋さんも有ったぐらいだ。

家に在った、古い月刊誌の表紙の怪しさに惹かれて、物語や小説を暇なときに読んで、棕櫚の箕が、最も穀物をより分けるときに適していると書いて有ったり、箒の材料としては最高だと書いて有ったり、妙に印象が強かったが、図鑑以外で棕櫚は見たことがなかったので、それ程、理解はしていなかったが、実際に棕櫚を見てその繊維をマジマジと見てさもありなんと思った。但し、今まで棕櫚の箕を実際に見たことはない。

今は箕がプラスチックで出来ており、より分けは出来そうに無いが、あれが竹で作られてあって、農具の可なり基本的なものだというのは、今の人達は知らないことが多いように思う。

棕櫚を庭に植えていたのは、箕や箒その他の材料を採る為だったのかどうかは、分からないけれど、強健な植物で庭木には鑑賞にも良いし有用植物として好まれたのかも知れない。但し、背が高くなるので、世話が出来なくなると、目立つし荒れた感じが出る。近所を散歩していると、そんな荒れた庭も多くなった。



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