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2018年1月27日 (土)

食べすぎた物~~♪ 2. ヤマグリ(野生の栗):

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 毎年実りの季節になると、近所の友達数人と23回遠征した。こちらはギンナンと違って、採るときに協力が必要なので、行った人数で概ね平等に分けた。採った後に、例えば3人で行けば、6つの山に分けて、ジャンケンで勝った巡に、1~2~3と取ってゆくが、4~5~6は、その逆順にした、平等性を担保したのだろう。勿論その場で、分ける前に何個も食べた。
 待ちきれずに採りに行く物だから、最初は近所で、やや未熟で、鬼皮が黄金色じゃなく、完全に白いこともあったが、それはそれで美味しかった。何時も戻りは、歩きながら皮を剥いて生で食べた、栽培種は何回も食べたことはないが、より甘みが強かった気がする。後年分かったのだが、栗も特に栽培種なら採ってから或る程度、時間が経った方が美味しい。
 やはり白い袋に保管して、適宜取りだして食べたが、その時は焼いたり茹でたりして食べる事が多かった。カーバイドを水に漬けて、そのガスに火を付けて、焼きながら食べたことが有るが、中々焼けないので、今で言えば子供の世間話の時間~~♪
 保管しておくと、虫が食っているのが分かるので、実際は、産み付けられた卵が孵化して、内部に侵入したのかも知れない。思いだした頃、点検して虫食いは捨てた。後年、良く拭くか、洗ってから保管した気もする。
 偶に忘れて、少し残っていたのが春になって、虫食いのは捨てて、無傷のを食べたこともある。
 良く木にも登ったが、栗の木は比較的折れ難く、先の方まで登って行くと撓んで、下の連中がそれを掴まえて採り、イガから溢れたのは笹のしたに落ちる事が多いので、それを見張る子と分担を適当にしていた。不器用な子は、木に登らない事が多かったが、別の事で器用だったりはしたが、危ないので、登らせなかった、っと言った方が、良いかも知れない。57メートルから落ちたら、打ち所が悪いと相当な怪我をする。
 高校生ぐらいの時にも、数回行ったが、そんな時には、近所の子供を同伴して、下で拾う掛かりぐらいにして、もう自分は、特に欲しいと言うこともないし、十数個だけ貰って、後は子供たちに、平等に分けた。小学校の3~4年生は、相当喜んでいた。
 今は公園の栗の木の下にはイガは山ほど落ちているが、実は落ちていない。早朝散歩の皆様の楽しみ、きっと俺と同じ様な体験のある人じゃ無かろうかと思っている~~♪
 こっちに来てから、良く安切符で小旅行をしたが、その時のお八つの定番は天津甘栗、最近はとんとご無沙汰~~♪

 瓜食めば、子ども思ほゆ、栗食めば、まして偲ばゆ

 自分は子どもの時にばかり、栗を食っていたので、こんな感慨は浮かばなかったが、大人になった時には、そこらの子どもは袋菓子を食って、甘い炭酸飲料を飲んでいた~~♪








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2018年1月16日 (火)

食べすぎた物~~♪ 1. ギンナン:






普通の人が一生涯に食べる量を食べてしまったものが有りそう、だからと言って、死ななければならないと言う事も無さそうなので、徒然なるままにご紹介~~♪

但し、通常食卓に登るものではない。普段は至って粗食なので、米とか根菜・蔬菜の類も、平均的現代人に比べたら、江戸時代の百姓のように、相当食べた気がする。その人達と違うのは、鶏卵が多いことぐらい~~♪

少なくとも○○牛とか、何処何処の何々というものは、殆ど食べたことがない~~♪

と言う事で、大抵のものは、自然に有る物で、作物じゃないのが多い~~♪


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1.        ギンナン:

少年の頃、ご飯は毎日三度食べる事が出来て、有り難いと思っているが、お小遣いやお八つが今ほどでは無かったので、今考えれば自然のものをつまり只の物をよく食べていた気がする。その代表の1つがギンナンだ。ご承知の通り、もしかしたら、ご承知無いかも知れないが、食べるまで手間が掛かる。神社の境内や、これも縄張りがあって、何処でもと言うわけではなかった気がするが、あと農家の屋敷林で、特に面倒のない家の隅っこで拾って来て、家の裏庭の空いているところに埋めて、10日後ぐらいに掘り出して、近所の田圃の用水で洗って、筵に広げて干して、と言っても、途中から雨が降るのは気分が悪いので、一日中快晴の日に、干して登校。数日したら、余り臭くならないように手で揉んで、残ったカスを落として、袋に保管した。

何の袋か思い出せないが、木綿かそんな感じで10L位の白い袋が家には有って、それを利用した。多分何かの穀物が入っていたのを保管して居たものと思う。何処の家にもあったような気がする。

ストーブの上でも焼いたが、大抵は焚き火で焼いた。一斗缶の蓋か、何かしらそんなものに乗せて、通常は叩いて少し割って焼きながら食べた。これもご承知の通り、もしかしたら、ご承知無いかも知れないが、偶に強烈に爆ぜて危ないので、何か適当な木片や、杉の枝を被せて焼いた。毎年数百個は食べた、中学生の頃には飽きて、もう余り食べなくなっていた。食糧事情も少しは改善していた。

こっちに出て来て、居酒屋で数十年の間に10個ぐらい食べて、ちょっとしたことで、知り合った農家のお爺さんから数年の間、毎年2300個、乾燥したものを貰って食べた。貰って普通に有難うとだけ言ったが、相当手間が掛かっていることは承知していた。この十年以上食べていない。

ご承知の通り、もしかしたら、ご承知でないかも知れないが、確か何かのビタミンの働きを阻害する物質が入って居るので、大量に食べると場合によっては中毒を起こす。子供には要注意かも知れない。今まで、最低で数千個食べたが、良く中毒に罹らなかったと思う~~♪

多分もう一生涯、食べる予定は無いので、中毒の心配もないが、季節になって道端にギンナンが落ちていたり、あの臭いが風に乗って来て嗅いだりすると、少年の時の、一連の事が思い出される時もある。

当時、今より寒くて、木枯らしや霰が風に混じるのも早かったが、そんな昼下がりに1人で、近くの大きなお屋敷の塀の横に落ちて暫く経ったギンナンを拾って来て、直ぐ洗って、数十個も焼いて食べたことも有った、きっとお腹が空いていたんだろうなぁ。

特に懐かしいという感覚もないが、今、近所の公園でギンナンを拾う人も少ないが、居れば大抵、年配の人で、時代は変わった感じがする。同じような経験のある人か、どうかは不明、子どもが拾っているのは見た事がない。当時塾へ行くと言うこともなかったし、と言うより田舎に塾は無かった、多分。農事や家業、家事の手伝いも分担が有って、良くしたが、外で数人か、それ以上で過ごす時間が長かった。

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このシリーズは、暫く続きます~~♪




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2018年1月 2日 (火)

明けましておめでとうございます~~♪


太平洋から上がった初日の出です。

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今年は、昨年ほどの、悪いことで済めば、嬉しいと、思っております~~♪

最近、新しい年で良いことは期待していませんが、悪いことが増えてきているようで・・・

浦島某のように「開けまして」お爺さんで、忽ち老けそうで、そんな物は開けないように気をつけようと思っています~~♪

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皆様におかれましては、昨年に引き続き、今年も益々豊饒で有りますように、ついでに、お願いしておきました~~♪





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