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2018年3月30日 (金)

食べすぎた物~~♪ 6. スグリ類


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 家の周りや、境界線にスグリ類の生垣が沢山有った。セイヨウスグリ、フサスグリ等だと思われる。真夏は比較的自然の物で食べられる実は少ないが、これは丁度真夏で、1ヶ月以上食べられて、かなり食べた。赤くなるフサスグリは、生垣一杯に、目にも鮮やかに生っており、頻繁に食べた。セイヨウスグリの方は、未だ余り熟していない時期から、塩を持参して、少し付けて食べ始め、青みが薄くなって、熟してくると、糖度は上がって、堅さもちょうどよく、よく食べた。もう暫く経つと、少し赤味が射すが、ぼやけた味になってきて、そろそろ時期もお終い。
 山の畑の、一角に蕗とかミョウガとか生えているところが有り、そこの周りは何故か半周ぐらいセイヨウスグリが、生垣のように植えられていた。ここのも沢山食べた。
 或る時、当時もう自分は、故郷を離れていたが、母が、何も知らずに、そこら辺で作業をしていて、クロスズメバチに刺された、相当痛い目に遭って気の毒であったが、直ぐ気づいて、その場を離れたので、それ以上の酷い事には成らなかったが、遠慮無く大声を上げたらしい。大きなヘビでも出たかと思い、父が駆けつけると、スズメバチが、そこらを飛んでいた。遠くから暫く観察して、大体目星を付けて、柴類を持ってそこら近辺に(!)に近づき、燻して、刈草などを補給して、沢山煙を出して、ハチの活動を不活発にして、目星を付けたところをハチに遣られないように、23回接近して鍬で、掘って、巣のありかを確認、数段に成っている巣を露出させてから、農機具用の燃料のガソリンを少し振り掛けて、十分浸透して、巣の周りにも揮発してから、離れて火を掛けて、敵を取ると共に、駆除したとの事。

 父は、終戦後一年ぐらい後に、南方より復員して、その後何回もマラリアを発病して、その当時は、まだ実家にいた妹たちが、(つまり自分からは見れば叔母さんたち)それを見て怖がったらしい。蜂の巣を退治した時、今の自分より若いが、当時としてはもう老境に差し掛かっていた、大日本帝国海軍の元召集兵士だ。
 退治の話しは、その後に帰省して聞いた、何時ものように淡々としていた~~♪
 相対的にそんなに酷い戦地では無かったようであるが、海上で船団が魚雷攻撃を受けたり、戦地で機銃掃射を受けたり、爆撃を受けたりするのに比べたら、どうって事もなかったのかも知れない、感慨なんて、相対的なものだろう~~♪



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2018年3月 4日 (日)

食べすぎた物~~♪ 5.ヤマブドウ


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 春先に川で釣りをするときは、枯れたヤマブドウの蔓に穴が有る所を十本ぐらい、いつも持っていた肥後の守で切り取って持って行った。その中空の茎を割ると、中から多分何かのコガネムシの幼虫が数匹取れた。手も汚れないし、重宝した。イタドリを代用しても良かったが、こちらの方が良く釣れた気がする。

 当時ヤマブドウは、結構いたる所にあり、沢山食べた。蔓が有るところを覚えていて、時に訪れて何房も食べた。かなり酸っぱかったが、ちょうど良い時季にはそれなりに美味しく感じた。種も大きく、房から、実をもぎ取って、何個か皮ごと口に放り込んで、美味しい液だけ吸って、残りは全て、歩きながら吐き出していたから、結果的には種の散布になっていたのかも知れない。猿並み。

 1回だけ、沢山採った実を潰して、ビンに詰め、12ヶ月して見たら、完全に分離していて、中間にやや澄んだ所が有り、浮いていた殻類は、そっと捨てて、澱を避けながら、その澄んだところを飲んだことが有る。可成り酸っぱかったが、顔が赤くなって動悸がしたから、自家製のワインと言う事でしょう。

 下刈りで刈られることもあったが、当時全体としては減った感じはしなかった。後になって、人口が減少して、雑木林が薪炭地の役割を無くし、荒れてからは、ヤマブドウの蔓も減った気がする。その他の実が生る蔓も減った。

 山の中に畑を所有していたが、そのヤマブドウの蔓は数センチもあり、実の房は10センチ以上もあり、実も大きく食べ応えが有った。もうその時には、余り楽しみにもしていなかったが、或る時、色んなチグハグが生じて来ていた、祖母がその天然記念物的大蔓を根元から切ってしまい、呆気ない最期を迎えた~~♪
 

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