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2018年12月 4日 (火)

麺類の思い出、幾つか~~♪ 3.即席袋麺のウドンなど



 

 

当時、ある会社に働いていて、今とは違って、全く呑気な時代で、全く残業が無いと、と言う訳ではなかったが、定時になると、会社を出て、30分ぐらい掛かって、610分から始まる、夜間学校に間に合った。凄いお腹がすいた時は、時々会社の近くのソバ店で、キツネ、タヌキ、月見などを食べることもあったが、大抵は、パンを食べてから、9時まで勉強して、95分だか6分だか、忘れたが、その学校の最寄り駅を出発して、二回綱渡りのような乗り換えが上手く行けば、木造モルタルのアパートに着くのが940分過ぎ。そのころは、部屋に台所と便所が付いていた。そんな8室位のアパートが10棟ぐらい左右に並んでいた。

当時は週に4回ぐらい、通常は月水金日、銭湯に行って居て、行く日は、直ぐ準備しておいた道具を持って、小さな自転車で出かけた。郊外だから、今はもう殆ど無いが、畑や梅林の中を通って近道するような町だから、10時までしか、入れなかったから、それなりに急いだ。入ってしまえば、10時半ごろまでだったが、それより少し遅くても文句を言われる事は無かった。当時三助もいた。もちろん自分は一回も利用したことは無い。


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戻ったら、当時殆ど毎日の様に食べていた、即席の乾燥めんのウドン、ちょっと量が多かった。キャベツ、ネギ、玉ねぎ、卵、魚肉ソーセージ、ナルト、さつま揚げ、そぼろ昆布など、その日の気分で適当に入れて食べていた。自分は栄養失調の事を心配した事は無いが、友達の友達は、聞いた所によると、一か月以上、何も入れないで即席ラーメン類だけ食べていて、眩暈がして倒れて、運ばれた病院に一か月ほど入院したらしい。

今は、一袋だと多いけれど、当時は、勿論平気だったし、有れば、一緒にご飯とかおにぎりとか、パンもよく一緒に食べた。缶詰もよく食べた。今の人は、想像もできないだろうけれど、コンビニは無かった。やや近い感じの個人商店は有ったが、数は少なかったし、68時ごろには閉店していたように記憶している。

そのころ、勿論、各種即席麺、乾麺、12か月以上は持った真空パックと言うか半生のスパゲッティも有って、それも結構食べた。一か月に一回とか、「ああ、飽きた、もう食えん」と言う事も有ったが、すぐ忘れた。いつも夜美味しく食べていた。テレビに、今の様にグルメ番組は無かったと思う、テレビは持って居なかったけれど。

 



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