2008年4月25日 (金)

広島の人

ずっと昔、学生の頃旅の同好会に所属していた。或る夏に我がグループも旅に出た。1週間ほど南国の島々の民宿を泊まり歩いて、日中は海水浴をしたり名所を訪ねたり。夜は飲んだ。

お金持ちの子も居たが、自分はアルバイトで貯めたお金で旅費を工面した。贅沢なものでは無いが、若者ならではの楽しみだったと思う。気兼ねなく屈託無く暢気な旅。

一行の内3人は女性だった。当時特に意識はしていなかったが、みんな美人だった。その中の1人に広島出身の人が居た。話をしないと地味な感じの人だったが、話をすると良い目鼻立ちが際だち表情も豊かで良かった。

地方を旅行していると、その地域的な顔立ち、体型というものが有ると思う。際だつと言うほどのことはないが、何となく全体的に統一感が有るように感じる。伝統的に出来てきたその地方の人々。時代時代で土着した人々が、婚姻、繁栄して現代に至って居るのだろうけど、500年ぐらい遡れば10系統ぐらいに、もしかしたら1000年ぐらい遡れば23系統ぐらいに収束すると言うことも有るかも知れない。

去年の夏、広島旅行をした。広島市内、呉、宮島、江田島にも足を伸ばした。予てより訪れて見たいと思っていたところに行き、満足の行く旅行であった。

広島駅に降り立って折角だから、広島焼きを食べようと探しに駅ビルの食堂街に行ったら、探す必要もなかった。半分ぐらいで広島焼きが食べられた。混んでいるところで食べた。男達が多かった。おなじみの人達ばかりのようで、圧倒された。何とか注文して期待通りの広島焼きが出て来た。美味しかった。

2泊して何回も食事をした。勿論たいそうなところで食べた訳ではないが、残念ながら、広島焼き以外は美味しいところに当たらなかった。そんなはずは無いと思いながらもどの食事も外れであった。だから広島焼きが美味しいと言うこともないだろうが、ちょっと不思議な気がした。安ホテルの朝食が無難で美味しいぐらいの物だった。何となく自分が今まで行った大きな街より食堂が少ない気がした。次に訪れる機会が有れば、日常的なところで、繁盛している店に入って見ようと思う。

広島市内の移動は徒歩か路面電車を使った。何とかフリーパスを買って利用した。便利で乗り心地も良かった。行きたいところには殆ど側まで行けた。電車のデザインも良い。

電車の中には女性が多かった。ゆったりとした静かな感じの人が多かった。色白で目鼻立ちの良い美人が多いと思った。そう言えばずっと昔みんなで旅行したときの広島の人もこんな感じだった。

女性達とは卒業以来会っていないが、男達とも暫く会っていないなあ。時々思い出すばかり。みんな元気でやっているかなあ。

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2008年1月12日 (土)

初島旅行

30年以上前に初島に上陸したことが有る。上京して未だ1年も経っていなかった。久しぶりの気晴らしで兄と釣りに出かけた。車で移動しながら海岸線を物色している内に熱海港に辿り着いた。水が熱帯魚の水槽の様に澄んでいて、全く釣れる気がしなかった。それでも竿を出して暫く釣って居たのだけれど、実際全く引きはなかった。あーあと思っているところに、初島からの連絡船が直ぐ側に着岸した。じゃちょっと初島へ行ってみようか、と何の準備もなく渡った。今と違って、船は小さかった様に記憶している。

上陸して港の辺りを彷徨いた。釣り人が港に沢山いた。大部分の釣り人はメジナを狙っていたように記憶する。カワハギやアジなどは釣れていなかった。それで我々は竿も出さなかった。

港から坂道を登って島内に入ってゆく風だったが、クーラーやら竿やら持っていて、長靴だった。探検する格好ではない。来た船で折り返し熱海港に帰った。今考えてみると残念な事をしたと思う。当時は今よりよっぽど不活発だった。致し方ない。因って当時の島の様子は残念ながら分からない。ホテルは未だ建っていない、食堂街もなく、静かな所だったろう。

先日、思い立って初島に行った。

熱海で降りて商店街を通り過ぎる。きつい階段を下りた。何カ所か工事中の海岸通りを歩いて熱海港に着いた。もう乗船待ちの人が並んでいた。直ぐに乗って間もなく出航。揺れない船旅は好きだ。景色を見ながら、何かゆったりした気分、眠くなった。30分ぐらいで着いた。ゾロゾロみんなの後を付いて船から出た。港の前にある食堂街を歩いて適当な店に入った。何処も造作もメニューも同じ様な感じであった。ご当地らしいセットランチを食べた。ちょっと割高なような気がしたが、致し方ない。昼食後デジカメで写真を撮りながら、ダラダラと右回りで島内を巡った。30数年前に島内を巡っていれば感慨も一入だったろう。富士山がクッキリと見えた。

三分の二ぐらい巡った所ですれ違ったオバサンから、「もうすぐですか」と声を掛けられた。上り坂がもうすぐ終わるだろうかとの問い合わせだ。多分彼女にすれば未だ相当長い感じだろうと思うが「もう直ぐですよ、そこを曲がったら直ぐ、登りは終わりですよ」と答えた。

普段歩き慣れない人は、歩くだけで相当疲れる。登り坂が続けば、疲労困憊。他人に声を掛けて、あと道のりが少しである事を確認したいだろう。自分を励ましながら、歩を進めるのだろう。そのオバサンと話して間もなく、白い大きなホテルの前に出た。への字型で南面している。

真冬に23泊する、散歩する、本を読む、昼寝をする、新鮮な魚介を使った料理を食べる、夜はちょっとお酒を飲む、そんな静養をしたら、さぞかし心が安まる事だろう。

ブラブラ歩いていたら、蘇鉄が自生していた。よく見たら種がたくさん有った。黄色の粉っぽい花に手を突っ込んで種を5つ貰ってきた。帰って直ぐ鉢に植えた。発芽したら、外房の庭に植えて気長に大きくしたい。自分が尊敬する井上某の旧宅には大きな蘇鉄が有るそうだ。春になったらその蘇鉄を見に行こう。

島には数百年と思われる黒松の大木が沢山有った。風で折れている物も有った。無惨である。今はもう防風林の役目は卒業したのかも知れない。傲然と空に突きだして生えている様は、誠に力強く胸を打った、寂しくも有ったけれど。これを見ただけでも島に渡った価値は十二分に有った。

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