2012年12月11日 (火)

越後屋(3)

手品の鳩



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久しぶりに越後屋が訪ねてきた。例の如く駅から電話である。何回か鳴らして応答がないときは、留守電にも入れず、携帯にも入れず、何事もなかったように、引き下がっているのかも知れない。留守電にも、携帯にも電話を貰ったことはない。そう言うことに関しては全く言わないけれど。彼は普段から誠に慎み深く、本来的な礼儀正しさが有る。こちらも良い意味で繊細になり、今後とも恥じることのないお付き合いを心がけたいと思っている。

十数分したら、インターホーンを鳴らす人有り。覗き穴から見たら、上着の懐辺りから、白い鳩を出したり引っ込めたりしている。顔の表情は如何にもステージ上の奇術師のようにも見えるし、何を考えているのか計り知れない政治家のようにも見えた。余りにも見事なので暫く見とれていたが、厚紙で作ったニセ鳩であった。直ぐ我に返り扉のカギを開けて扉を開けた。カギを開ける音が聞こえたのか、扉を開けた時には、姿勢を正して、普通に立っていた。いつものようにお互い簡単な挨拶をした。

我が寓居に応接室何ぞは無いから、ダイニングテーブルの横のソファーに座って貰った。

急に一緒に食べたくなったから買って来たと言って「鳩の串焼きです」と油紙に包まれてレジ袋入の串焼きを出してくれた。勿論、途中にある焼き鳥から買ってきた普通の焼き鳥である。小柄なお爺さんが遣っていて、安くて美味しい。自分も焼き鳥はいつもそこで買っている。何でスーパーのはあんな味なのだろう、不思議な気がする。

皿に入れ直して、3人で食べた。いつものように大変美味しい。それぞれ缶ビールを1本飲んだ。食べながら越後屋はいつものように、色々話をして、こちらは、ふむふむ聞いていた。一頻り話をしたら、いつものように帰った。彼の話は概略以下の通り。

「政治資金規正法の通り、記載しているとか、虚偽を記載しているとかは、興味は無い。秘書に任せているとか、秘書を信じているとか、そんな事もどうでも良い。鳩を右のポケットから出そうが、左のポケットから出そうが、そんな事もどうでも良い。その鳩を何処で捕まえてきたか、知りたい。4億円の鳩を。普通の人は一生涯見る事も無いような高額の鳩を何処で捕まえたかが重要であって、それを不問に付して、初めから家の鳩でした、って言ったって、誰が信じますか。報道の人達は大局を見た方がよい。私が色々参考にしている古の中国の爺さんは、其の身正しくば、令せずして行われ、正しからざれば、令すと雖も従われず、と言っている」

「今回は候補者乱立ではないが、政党乱立、弱小政党の政策はそれぞれ少しずつ違うが、政党を立ち上げるから少しずつ違うのであって、既成の政党なら、それぐらいの違いを内包しているが、直ぐには結論が出せないから、考えながら取り纏めて行きましょう位の物で違いの内に入らない。これは他人が少しでも自分と違う考えがあったら排除して行くという危険な兆候がある。昔の連○赤軍の様な寛容を欠いた組織でいずれ内部矛盾が昇華できず瓦解する兆候だ、つまり政権を安定的に運営する能力がない」

「節約すればそんな予算は捻出できると言っているが、具体的数値はない。お父さんが失職して貯金も使い果たして、お母さんの短時間のパート収入だけでは、どんなに節約したって、限度が有るのと同じだ。政権を担当する気が無いから永久に実証する必要性に迫られないから勝手なことを言っているだけだ。勿論消費税で所期の税収は上げられないだろうが、同時に行う諸対策で、経済も上向くだろうし、それが上手く行けば安定的に望めて、弱者救済に取って有力な施策となる。他を攻撃するときは短期的な欠点を攻撃するばかりで、自身は長期的視野は全く持っていない。駄々っ子じゃ無いんだから、全体を見て責任有る発言をした方がよい、我が江戸時代の奉行の1人も政策を実施するときは、全体を見て、実の有ることをしなさい、と言っている」

「原子力発電ももっとしっかり検討すべきだろう。原子力発電を即時止めても、電力は不足しない、と言っているが根拠がない。去年は深刻な停電はなかったと言っているが、たった一年の事だ、人生は長い。もし原子力発電を継続なら、高レベル廃棄物の最終処理方法、将来の廃炉の費用など総合発電費用の計算をしっかりすべきだろう。運転時の費用と生産電力だけでコスト計算をするな、金に目が眩んだ人達の理屈を鵜呑みにするな、訳の分からないワンマン社長の顔色を窺ってその場限りの迎合をするな」

「鼻息の荒い新政党が多い。自分に甘いから、もう勝ったときの勝利宣言を考えているかも知れないが、世間はちゃんと見ているだろう、思うようには勝てない。負けたときの言い訳を考えて置いた方がよい。深刻な反省が無ければ、彼らに次のチャンスは無いだろう」

越後屋は、厳しいご意見を言って、帰って行ったが、顔はニコニコで普段と全く変わらなかった。越後屋恐るべし。

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2012年11月24日 (土)

暇爺

Dscn1633             第一遊水池の釣り池





武蔵野公園の中に遊水池がある、野川の増水時に一時的にその水を誘導して下流の洪水を防止するための物だ。遊水池の周りの土手には、サツキ、ハナミズキその他の雑木、ススキなどが生えている。年に
23回草刈りをしている。

第二遊水池は少年達の野球やサッカー場になっている。休日は人出が多い。



Dscn1635_2         第二遊水池




 第一遊水池で数年前に、大きな穴を掘っていた。時々見ていたら釣り池になった。国分寺崖線の湧水を誘導して、池の水にし、排水は野川に流れる様だ。回りは丸太で綺麗に柵を作った。武蔵野公園内の野川は、浅く狭い小川に過ぎないが、最終的には多摩川に合流するので、一級河川である。つまりそこは一級河川の河川敷で有る。誰の発案か知らないが、粋なことをする。





Dscn1669 第一遊水池、この西端に釣り池がある
  このベンチは日向ぼっこ、昼寝に好適




人のことを言える義理ではないが、暇な人々が、参集して釣りをしている。年配の男性が多いから、勝手に暇爺と呼んでいる、彼らは釣爺でもある。

武蔵野公園は散歩する人が多い。散歩しているだけなら、一人である。ベンチに休んでも一人である。坐るベンチは沢山あるから、隣同士と言うことは先ず無い。同じベンチに二人で掛けると言うことは因って有り得ない。孤独である。世間話をする事はない。大体、一旦散歩のために家を出たら人と話すことはない。無言修行のような物だ。途中、コンビニやスーパーで買い物したとしても話すことはない。コンビニもスーパーも便利だが、拒否はしていないにしても、店員は話し掛けられる事に慣れては居ない。

そんな公園の一画に釣り池が出来た。当初は一人、二人。少し増えても対角線上に釣っていた。その内もっと釣爺が増えて、隣が接近した。釣れなければ、釣れないことについて、釣れれば釣れたことについて、少し話すようになった。見ている人も遠巻きから接近するようになった。その話に加わるようになった。それを楽しみにする人も出て来た。少しずつ共感を持つようになった。街で会って挨拶するようになった。孤独から少し解放されつつ有る。自分が待っている人がいることが分かる。自分を待っている人がいることも分かる。自分の居場所が増えた。

何十年も釣をしなかった暇爺の鈴木さんが、少ない年金から釣竿を買った、図書館で釣の本を借りた。釣り池は孤独な暇爺の居場所の1つに昇格し、交歓の場所になった。当日のことを楽しく思い出しながら寝て、翌日の天候が気になり出した。鈴木さんの顔に笑顔が増えた。

       

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2012年4月23日 (月)

高層ビルのガラス(4)

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俺は高層ビルで働いている。仕事の内容は大したことはない。高層ビルでも低層ビルでも何処でも出来る仕事だ。友達に聞かれたら「新宿の~~ビルで働いている」と言う。それ以上は言わない。仕事はビルの高さには関係がない。あのビルで働いている人達も勿論ビルの高さには関係が無い仕事をしている。仕事って基本的にビルの高さと関係が無い。何となく高層ビルで働いている人達は、若しくはそこに入居している会社の人達は上等と勘違いしている気がする。家賃は高いかも知れないけれど、ハッタリの会社でもなければ、特段意味はないと思う。勿論地下で仕事をしたって、仕事の内容とは関係ない。あんまりハッキリは覚えていないが、確か飯田橋で大江戸線から何処かの地下鉄に乗り換えるときは、地下道の天井がドームの様になっていて間接照明だから何となく地上の雰囲気を醸し出していた。要するに地下だって、色々工夫して窓の景色を演出すれば、地上と変わらない。ま、それもお金の無駄だと思うけれど。

高層ビルは眺望が良いとか何とか言っているが、そんなものは今の技術からしたら、何でもないことだ、そもそも仕事中に景色なんかは見やしない。地震とか火事になったら逃げるのが大変だ、万全を期しているとか言っているがそもそもそれが無駄だ。高層ビルを横に造ればエレベーターだって要らない。そろそろ目を覚ました方が良い。

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2012年4月19日 (木)

高層ビルのガラス(3)

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俺はジェネコンで働いている。高層ビルの建築現場でも何回も働いた。今想定されている地震では、ビクともしないだろう。最大限で数百枚のガラスが壊れるぐらいだろう。高層ビルは無茶苦茶エネルギーを消費している。特に換気や冷房、給排水に膨大なエネルギーを消費している。そう言う時代に作ったのだから仕方がないが、エコの時代の現代には向かない。そもそも土地がないのなら仕方がないが、日本は広いのに無駄に集中させて効率の悪いものを作っているとしか思えない。高層ビルもいずれ寿命が来る。特にコンクリートの寿命が来るのは存外早そうだ。どうやって造り替えるのかも考えないで造ったとしか思えない。原子力発電で核廃棄物の最終処理の場所と方法を考えないで、また廃炉の行程を考えないで始めた人達を批判できる立場ではない。高層ビルを解体するときは、多分ビルを造るときと同じだけ、もしかしたらそれ以上の費用がかかるだろう。そうなれば運営会社は計画倒産してビルを放置して逃げるだろう。原子力発電を始めた人達が、後片付けをしないで死ぬように。責任は他人任せ。電車で1時間位の郊外の丘陵を散歩していると沢筋にテレビや冷蔵庫、紙余りの時は新聞や雑誌が大量に捨てられていた。それを捨てた人達と同じ心情の連中が、やっているんだろう。

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2012年4月17日 (火)

高層ビルのガラス(2)

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俺はマンションの二階に住んでいる。20階建てのマンションだ。56階までに住んでいる人はまあまあ理解できるが、10階以上に住んでいる人達の気が知れない。上は景色が良くて良いですよ、とか毎日富士山が見えて良いですよ、夏は全然虫が来ないので、網戸は要りません。良いことずくめのようだが、ベランダから見下ろす景色は人が慣れ親しんできた景色ではない。俺はご免被りたい。友達に高いところに住んでいる人が居て、一度お邪魔したことがあった、自分は全く落ち着けなかった。近い景色というものが無い。いきなり遠い景色。木は上から見えるので変な形、人は遙か下に蠢く虫の様だ。人の住む景色ではない。飛行機の上の様だった。友達は快適だと言っていた。コンビニ買い物に行くのはちょっと不便だけれどね、とも言っていたけれど。

俺のマンションは、近く高層ビルによる被害って言うものはないけれど、毎日ガラスのピカピカを見ていると、手入れが大変だろうなと思う。あ、そうそう、実は1年に二回だけちょっとした被害が有る。春分の日の約一ヶ月前後に天気が良ければ、そのガラスに反射した太陽光が我が家に朝の10分間だけ差し込む、とっても眩しい。無茶苦茶明るい、ちょっと暑くもある。最初の時は驚いたが、近年は愉しみにしている。曇ったり雨が降ったりすれば、何事もなくその1年は過ぎる、高層ビルの事は意識もしない。

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2012年4月11日 (水)

高層ビルのガラス(1)

1.

俺の仕事は、高層ビルのガラス拭き。日当はまあまあだ。大体同じビルを一年間毎日拭いている。大風や大雨の時は勿論休み。年度が替わると、違うビルになることが多い。入札のためだ。でも何処かの高層ビルに移るだけで仕事が無くなることはない。こんな仕事誰でも出来るわけではない。会社だって、拭き屋だってそんなに沢山はいない。これ以上高層ビルが増えたって、拭く奴はいないだろう。金に引かれて拭き屋に成る奴もいるが、向かない奴は当日、大抵は数週間、長くても数ヶ月で気が振れて止めてゆく。俺のようなあの高さで風に揺れるゴンドラの上でガラスを拭きながら、鼻歌が出るような者には良い仕事だ。競争も少ないし安定している。俺は高層ビルを愛している。

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2012年3月25日 (日)

北京原人の在庫(3)

ある時、神様が友達とポーカーをしていた。(神様の友達って誰?今は深く考えない)いつも神様は鴨にされているのだが、その日は絶好調で、勝ちまくり。日頃の鬱憤を晴らそうと、時間になっても止めないで、ポーカーを続けていた。助手が声を掛けて、(神様の助手って誰?神様の助手!)「神様、もうそろそろ、物部の倅を生まれさせる時間ですよ。早く準備してください。」「もう少し待ってくれ」「今日も負けているんでしょう?いい加減止めたら如何ですか」「何を言っている、今日は勝っている」「へー、そうなんですか、そんなことも有るんですか、いやいや。そんな事はどうでも良いんです。もう物部の倅を生まれさせなければならない時間なんです」(助手、独白:もう少しで神様の手に乗るところだった)「もうチョイ待ってくれ」「駄目です、もう時間ですから」「もう少しだけ」そんなこんなで時間が経って、「神様、お願いですから、物部の倅を準備してください」ここで神様閃いて、本当はちゃんと物部の倅を準備しなければならなかったのだが、昔沢山作ったのだけれど、世に出す前に滅びてしまった北京原人の在庫が沢山あるので、それに手を伸ばして、なんせ神様だから遠くだって手を伸ばせば届く、1つ掴んで助手に渡した。「是使っておいて」(助手:時々こんな事をするんだから、本当に、もう神様ったら)と言うことで、物部の倅には昔の北京原人の在庫を使った。

現代人の体を通り抜けてくるので、北京原人そのままではないが、その面影を色濃く残した人が時々現代に生まれて来るのはこういう訳。その内の1人が俺。

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2012年3月23日 (金)

北京原人の在庫(2)

全体的には、俺はインパクトが強いので、多分名前は忘れられても、あの北京原人と言っていた奴とか、がっちりした奴とか、あのマッチョだよって思い出されていただろうと思う。自分も古い人達の名前は覚えていないけれど、顔の特徴や風体の特徴でその人の話題をする事が有るから。

大抵の人は老人になれば、先祖返りして、類人猿っぽくなるから、長生きして、昔の同級生と一緒になれば、自分だけが突出して居ることも無くなるかも知れない。長い間自分と付き合っていて、今は自分の容貌も自然に自分の一部だと感じている。自分の両親は2人とも、普通の感じと言うよりもやや美男美女だったし、両親の両親達もそれなりで、自分に特に似た人は居なかった。おじさん、おばさんにも特に自分に似ている人は居なかった。何故自分だけが北京原人になってしまったか長い間釈然としない物が有ったが、或る本を読んでいて、啓示のように自分の頭に浮かんだことが有った。それは以下の通り。

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2012年3月19日 (月)

北京原人の在庫(1)

俺の渾名は小中高を通して北京原人だった。さすがに大学に入ってからは外見からの渾名は付かなかったので、北京原人からは卒業。ちょっと他の子よりは顔の凹凸が、ないしは彫りが深いとは思ったけれど、自分自身は北京原人っぽいとは思っていなかった。まあ確かに少し生毛も多かった。

小中学校の時は、その渾名は嫌いだったが、いつもなので慣れて、そんなに気にしなくなってきていた。とても親しい近所の幼なじみはさすがに北京原人とは言わなかった。喧嘩になれば面と向かって言われることも有るが、そんなには意識しない程度であった。高校の時は同じ中学校の人は少なかったから情報は伝わらず、どんな渾名になるか少し興味が有ったが、やっぱり、或る意味期待通り北京原人。

大学の時は、顔の感じよりも体全体の感じがゴッツイので、マッチョの感じではなく、教科書に載っている、北京原人の感じなのだが、遠慮したか、洗練されていたのか、渾名はマッチョ。女の子にはもてる方ではなかったが、嫌われるようなことは無く、まあ普通だったと思う。

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2011年9月22日 (木)

バス停の小事件(3)

そんなやりとりが有ったのも知らないで山下はバス停に着いた。バスの運転手は、出発直前に山下に気付いて、ドアを開けて、山下を乗せた。何事もなかったかのように、安全運転で案内をしながら、いつものようにいつもの人達を乗せて駅に着いた。

その間乗客のひそひそ話から、山下は乗用車の運転手が逆ギレして、バスの運転手に難癖を付けたらしく又、バスの運転手は冷静に事に対処したらしいことを知った。乗客の1人は、「あんな時は携帯で110番すれば良いのよ」と呟いていた。

駅で全員バスから降りるとき、一部始終を見ていた客が、「立派な態度でしたよ」と運転手に声を掛けた。運転手は少し照れた仕草をしながら「有難うございました」と言った。

山下は今の職場で何とか遣っている。今は厳しいから別の所を探すのは難しいと思っている。今我々の心が荒んで他人を思いやる心が失われ、身勝手な人間が増えた、等と言うつもりは毛頭無いが、やや遠慮がちな我々の日常の行動規範が、何となく廃れている気はしている。特に経済的に強い人達に身勝手な行動が増えた気がする、ちょっと残念だ、と山下は思っている。

そんな小さな事件に遭遇してから数日後、東北自動車道で、1人が死亡して12人の人が怪我をする事故が発生した。バスにトラックが追突、トラックの運転手が死亡したと言うニュースだ。乗用車を運転して、栃木から宮城にボランティア活動に向かっていた人が、自分の前にバスが割り込みそうになって、頭に来て、バスの前に割り込んで急停止したのがその事故の根本原因という。

遠慮して地味にやっと何とか生きている山下には信じられない事件だ。只自分も経済的に強い立場だったら、そんな事をする人間に成ってしまうのかなあ、とふと不安に成ることもある。

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