2018年4月18日 (水)

食べすぎた物~~♪ 8. 木の実類、その他:


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 普通の人が一生涯食べる分、と言うのとはちょいと違うが、比較的多く食べた物・・クルミ、カヤノミ、マテバシイ、キイチゴ、バライチゴ、グミ、など、要するに季節になれば、その場へ足を運べば、食べられるも、或る意味、野生のチンパン人と似ているかも知れない~~♪

 あ、そうそう、ピスタッチオもかなり食べた。30年ぐらい前だったと思うが、ビザの相互供与(?)の関係だったと思うが、日本は西欧と違って、イラン人へのビザの制限が暫く実施されずに居たので、イラン人が街に多くなって、彼らが特産のピスタッチオが日本では高く売れるからと、運んだらしく、高品質の物が、比較的安価で、入手できた。パキスタンに行ったことがあり、そこでピスタッチオと知り合いになり気に入り、ピスタッチオお土産に買ってきていたが、それも基本はイラン産を陸路運んだものらしい。皆様あまり自覚は無いだろうけれど、パキスタンとイランは国境が接しているし、そんなに険悪な関係でもないようだ。イランに留学したと言う先生にも、会った。と言う事で、味も気に入っていたし、お八つに暫くの間、ピスタッチオを食べていた。その内、小粒になったし、品質の割には価格が高くなり、ミックスナッツに入っていれば食べる程度になった、これは主にアメリカ産だけれど。
 昔同僚は、イランに2週間ぐらい行っていて、23日で、食べる物が無くなって、つまりは口に合わなくて、それ以降、ピスタッチオで露命を繋いだ、とか言っていた~~♪

 郷里には、気候の関係でマテバシイが無かったが、知識として、シイの実が、食べられるのは知っていて、羨ましかった。別の『シイ』、その複数形の『シイルズ』は食えない奴らだけれど・・今自分が住んでいる辺りは、シイ並木も沢山有るが、これは排ガスに晒されているので遠慮して、公園やその他拾えるところは沢山有る。乾燥させてから、そのままでも炒ってでも、粉にしてビスケットにしても普通に食べられる。可なり沢山食べた。歯や顎の鍛錬にも良い。原日本人も沢山食べていたのかも知れない。殻を剥くのが難儀だが、慣れれば簡単。自由人も、沢山食べればいいのに、と思っていたが、彼らにも美学が有るのだろう、野生に暮らしているが、エテコウじゃ無いから木の実は食わない~~♪と言う事かも知れない。

 リンゴ、ナシは、他の人より少し多く食べたかも知れない、実家に小さな果樹園があったので、季節中、販売価値がやや劣る物を何時も食べていた、ジューサーという物も買って、ジュースでも かなり飲んだ。砂糖煮もかなり食べた。勿論バナナ、パイナップル、ミカンなど購入して食べる物は贅沢なものだったが、少しは食べた。あ、そうそう、和歌山の友達が、怪我で入院したとき、差し入れのミカンを、一日で50個食べたそうだ、殆ど一箱、確かに身体は大きいが、食べ過ぎだろうと思う。
 こちらに出て来たときに、お庭に、ミカンやらダイダイやら、何処にも有ったのには、全く以て驚いた。
 自分は昔、何年か年末にミカン狩りに行って、食べ放題、お持ち帰りは重さで買う、と言う同じ所に行っていたが、比較的大きかったが、いつも10個位食べた。その後、駅方面に戻って、遅い昼食を食べて帰ったのだが、今考えると、若いと言う事は、食う事だ、士気即是食う、平均すれば今の三倍は食べていた、それでデブにならなかったのだから、相当活動していたのだろう~~♪今は仙人食だけれど、油断をしていると太り気味、筋肉も知力も付かないが、脂肪が付く~~♪
 それ以外で、特に沢山食べた物は無いけれど、田舎者だったので、山菜類は都会人に比べたら、多く食べたが、田舎者の部類では、それ程多いとは、思わない。一つだけ市場にある物で、少し多く食べたのは、木の実じゃないが、カワハギ~~♪一頃、結構沖釣りに出た、これだけはちょっと高い和竿を持っている。カワハギ釣りの名人(迷人)は、道具も良いが、見てくれも良く、チ○・デ○・ハ○が多い~~♪


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2018年4月 3日 (火)

食べすぎた物~~♪ 7. イチゴ

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 昔実家では、家計の足しに、季節には露地物のイチゴを作っていた、高く売れるのは売って、そうでない物は、季節中に毎日のように食べた、夜塩水で洗って、兄姉みんなで食べた。個数で言ったら、多分普通の人が一生涯に食べる分は食べたと思う。

 指物師に、イチゴの箱を作ってもらい、出荷の頃に近所の荒れ地に、葉が開くワラビの類の葉っぱを敷き詰めて、当時懇意にしていた、お店に委託販売して貰っていた、未だ当時は今のように、組合を作って直売所と言う物は発生していなかった~~♪
 今はイチゴと言えば年末から春までの物だが、自分の感覚では初夏だけの食べ物。昔より長い間、市場に出回って、作付け農家は、長い間収入が確保できて良いようにも思うが、本来の季節に無いのは寂しい~~♪
 真冬に強烈な暖房をして、熱中症に成りそうになりながら、農作業をしているのだけれど、収支が、苦労に見合って居るのかは解らない、個人としても地域~国家としても。
 人間の欲望は、技術の支援を受けて、一年の半分で、新鮮なイチゴが食べられる。もう友人が亡くなって、その方の実家のイチゴハウスの仕舞いの収穫に招かれて、沢山採って、生食、冷凍、ジャムの1年分(笑い)という事もなくなったが、要するに、イチゴの温室で採り放題、食べ放題~~♪
 これからは食べる量が激減するだろう。



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2018年3月30日 (金)

食べすぎた物~~♪ 6. スグリ類


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 家の周りや、境界線にスグリ類の生垣が沢山有った。セイヨウスグリ、フサスグリ等だと思われる。真夏は比較的自然の物で食べられる実は少ないが、これは丁度真夏で、1ヶ月以上食べられて、かなり食べた。赤くなるフサスグリは、生垣一杯に、目にも鮮やかに生っており、頻繁に食べた。セイヨウスグリの方は、未だ余り熟していない時期から、塩を持参して、少し付けて食べ始め、青みが薄くなって、熟してくると、糖度は上がって、堅さもちょうどよく、よく食べた。もう暫く経つと、少し赤味が射すが、ぼやけた味になってきて、そろそろ時期もお終い。
 山の畑の、一角に蕗とかミョウガとか生えているところが有り、そこの周りは何故か半周ぐらいセイヨウスグリが、生垣のように植えられていた。ここのも沢山食べた。
 或る時、当時もう自分は、故郷を離れていたが、母が、何も知らずに、そこら辺で作業をしていて、クロスズメバチに刺された、相当痛い目に遭って気の毒であったが、直ぐ気づいて、その場を離れたので、それ以上の酷い事には成らなかったが、遠慮無く大声を上げたらしい。大きなヘビでも出たかと思い、父が駆けつけると、スズメバチが、そこらを飛んでいた。遠くから暫く観察して、大体目星を付けて、柴類を持ってそこら近辺に(!)に近づき、燻して、刈草などを補給して、沢山煙を出して、ハチの活動を不活発にして、目星を付けたところをハチに遣られないように、23回接近して鍬で、掘って、巣のありかを確認、数段に成っている巣を露出させてから、農機具用の燃料のガソリンを少し振り掛けて、十分浸透して、巣の周りにも揮発してから、離れて火を掛けて、敵を取ると共に、駆除したとの事。

 父は、終戦後一年ぐらい後に、南方より復員して、その後何回もマラリアを発病して、その当時は、まだ実家にいた妹たちが、(つまり自分からは見れば叔母さんたち)それを見て怖がったらしい。蜂の巣を退治した時、今の自分より若いが、当時としてはもう老境に差し掛かっていた、大日本帝国海軍の元召集兵士だ。
 退治の話しは、その後に帰省して聞いた、何時ものように淡々としていた~~♪
 相対的にそんなに酷い戦地では無かったようであるが、海上で船団が魚雷攻撃を受けたり、戦地で機銃掃射を受けたり、爆撃を受けたりするのに比べたら、どうって事もなかったのかも知れない、感慨なんて、相対的なものだろう~~♪



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2018年3月 4日 (日)

食べすぎた物~~♪ 5.ヤマブドウ


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 春先に川で釣りをするときは、枯れたヤマブドウの蔓に穴が有る所を十本ぐらい、いつも持っていた肥後の守で切り取って持って行った。その中空の茎を割ると、中から多分何かのコガネムシの幼虫が数匹取れた。手も汚れないし、重宝した。イタドリを代用しても良かったが、こちらの方が良く釣れた気がする。

 当時ヤマブドウは、結構いたる所にあり、沢山食べた。蔓が有るところを覚えていて、時に訪れて何房も食べた。かなり酸っぱかったが、ちょうど良い時季にはそれなりに美味しく感じた。種も大きく、房から、実をもぎ取って、何個か皮ごと口に放り込んで、美味しい液だけ吸って、残りは全て、歩きながら吐き出していたから、結果的には種の散布になっていたのかも知れない。猿並み。

 1回だけ、沢山採った実を潰して、ビンに詰め、12ヶ月して見たら、完全に分離していて、中間にやや澄んだ所が有り、浮いていた殻類は、そっと捨てて、澱を避けながら、その澄んだところを飲んだことが有る。可成り酸っぱかったが、顔が赤くなって動悸がしたから、自家製のワインと言う事でしょう。

 下刈りで刈られることもあったが、当時全体としては減った感じはしなかった。後になって、人口が減少して、雑木林が薪炭地の役割を無くし、荒れてからは、ヤマブドウの蔓も減った気がする。その他の実が生る蔓も減った。

 山の中に畑を所有していたが、そのヤマブドウの蔓は数センチもあり、実の房は10センチ以上もあり、実も大きく食べ応えが有った。もうその時には、余り楽しみにもしていなかったが、或る時、色んなチグハグが生じて来ていた、祖母がその天然記念物的大蔓を根元から切ってしまい、呆気ない最期を迎えた~~♪
 

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2018年2月17日 (土)

食べすぎた物~~♪ 4. ナツハゼの実

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 ナツハゼはツツジ科スノキ属でブルーベリーやクロマメノキと同じ仲間だが、これらより、甘味と酸味が強く、大変美味しいと思って食べていた。勿論ブルーベリーを知ったのはかなり後になってからのことである。
 田舎の裏山にかなり大きな木が数本有って、その内の一本は、小学生ぐらいなら登ることが出来るぐらいであった。季節になると、そこを回って、よく食べた。秋深くになっても、落果しないで、しわぶけていても食べることができ、少し発酵気味で、歯が紫色になるばかりではなく、お腹がキリキリした。甘味も強くこれはこれで美味しかった。
 余り強くないのか、自分の田舎以外の丘陵で見たことは一度もない。ブドウ程ではないが、房のようになっていて、左右に分かれて実が生っており、元の方から熟したように記憶している、実の先の方は家紋の木瓜のような模様が付いていた。食べて帰ると、必ず家人に、「コハジャ(ナツハゼの実の方言)食べたでしょう」、と言われたが、当時は何となく後ろめたい気がしていたが、未だにその意味は分からない。

 近所にブルーベリー農園が、小さいながら何カ所もあるし、庭木に有ることもあるが、ナツハゼが有るのは、見たことがない。ブルーベリーの様に大粒のは無いが、甘味も酸味も良いし、房で生っているところも綺麗だし、樹形も良い、紅葉も綺麗だ。どっかの園芸農家が品種改良と普及をしないかと密かに期待している。少年時代の懐かしい思い出の実でもあるし、とは言っても、もう間に合わないけれど~~♪


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2018年2月 8日 (木)

食べすぎた物~~♪ 3. アケビ 


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 こっちに出て来て、某有名果物店で、立派で綺麗な薄紫のアケビが1個¥1000の値札が付いているのを見たときには卒倒した(笑い)。当時住んでいた四畳半に押し入れと流しが付いて居た、全部で6畳分の部屋の家賃が月¥15000、って言うことは、アケビ1個で部屋代2日分~~♪
 子供の頃、中秋の名月の頃、毎年同じ方面へ行って採っていた。達成感は有るが、保存が利かないし、量の割りには、可食部が少ない、只自然の物にしては、甘みが強く、季節になれば、大抵23回は採りに行った。
 一度だけだが、天敵のヘビがとぐろを巻いているのを、見たことがある。嫌いだが暫く見ていたら、どう言う順序か良く飲み込め無かったが、とぐろをす~~っと解いて、ヤブの中に消えた。
 こっちに来てから、秩父に散策に行って、宝登山山麓に、沢山有るところを偶然見つけて、数年通ったが、或る年に、雑木が伐採されていて、当然アケビの蔓も無くなっていて、何かの開発が行われていた。それっきり行かなくなった。その頃住んでいたアパートに庭が有って、勝手に耕作して、棚を設えて、アケビを植えて、数年後から何年も毎年安定して採ることが出来た。ブラブラ、薄紫の実が生っているのは、景色としても良かった。
 そこを引っ越しして暫く、忘れていたが、偶、千葉を適当に散策していたら、これ又偶然沢山生っているところを発見して、今でも数年に1回採りに行くが、近年は体力の問題もあり、写真に撮ってお終いと言う事が多くなった。戻りに直売所で、何か重く無い野菜を買って帰ることが多くなった~~♪
 アケビも売っていることが有るが、沽券に関わりそうで買ったことはない、実は栗も買ったことはない、甘く加工した瓶詰めは、年に一回程度買うこともあるが、生栗も買えば、少年時代の何かが壊れそうで、それから、値段が何であんなに高いんだ?
 長じてから、アケビの皮に挽肉や野菜を詰めた物を油で揚げて、筒切りにして、おかずや肴にしたが、苦みがあり、大人の味だった。面倒な時は、細切りにして、肉などと一緒に炒めても、それなりに美味しかった。加熱すると焦げ茶色になるので、見た目は少し落ちた。



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2018年1月27日 (土)

食べすぎた物~~♪ 2. ヤマグリ(野生の栗):

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 毎年実りの季節になると、近所の友達数人と23回遠征した。こちらはギンナンと違って、採るときに協力が必要なので、行った人数で概ね平等に分けた。採った後に、例えば3人で行けば、6つの山に分けて、ジャンケンで勝った巡に、1~2~3と取ってゆくが、4~5~6は、その逆順にした、平等性を担保したのだろう。勿論その場で、分ける前に何個も食べた。
 待ちきれずに採りに行く物だから、最初は近所で、やや未熟で、鬼皮が黄金色じゃなく、完全に白いこともあったが、それはそれで美味しかった。何時も戻りは、歩きながら皮を剥いて生で食べた、栽培種は何回も食べたことはないが、より甘みが強かった気がする。後年分かったのだが、栗も特に栽培種なら採ってから或る程度、時間が経った方が美味しい。
 やはり白い袋に保管して、適宜取りだして食べたが、その時は焼いたり茹でたりして食べる事が多かった。カーバイドを水に漬けて、そのガスに火を付けて、焼きながら食べたことが有るが、中々焼けないので、今で言えば子供の世間話の時間~~♪
 保管しておくと、虫が食っているのが分かるので、実際は、産み付けられた卵が孵化して、内部に侵入したのかも知れない。思いだした頃、点検して虫食いは捨てた。後年、良く拭くか、洗ってから保管した気もする。
 偶に忘れて、少し残っていたのが春になって、虫食いのは捨てて、無傷のを食べたこともある。
 良く木にも登ったが、栗の木は比較的折れ難く、先の方まで登って行くと撓んで、下の連中がそれを掴まえて採り、イガから溢れたのは笹のしたに落ちる事が多いので、それを見張る子と分担を適当にしていた。不器用な子は、木に登らない事が多かったが、別の事で器用だったりはしたが、危ないので、登らせなかった、っと言った方が、良いかも知れない。57メートルから落ちたら、打ち所が悪いと相当な怪我をする。
 高校生ぐらいの時にも、数回行ったが、そんな時には、近所の子供を同伴して、下で拾う掛かりぐらいにして、もう自分は、特に欲しいと言うこともないし、十数個だけ貰って、後は子供たちに、平等に分けた。小学校の3~4年生は、相当喜んでいた。
 今は公園の栗の木の下にはイガは山ほど落ちているが、実は落ちていない。早朝散歩の皆様の楽しみ、きっと俺と同じ様な体験のある人じゃ無かろうかと思っている~~♪
 こっちに来てから、良く安切符で小旅行をしたが、その時のお八つの定番は天津甘栗、最近はとんとご無沙汰~~♪

 瓜食めば、子ども思ほゆ、栗食めば、まして偲ばゆ

 自分は子どもの時にばかり、栗を食っていたので、こんな感慨は浮かばなかったが、大人になった時には、そこらの子どもは袋菓子を食って、甘い炭酸飲料を飲んでいた~~♪








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2018年1月16日 (火)

食べすぎた物~~♪ 1. ギンナン:






普通の人が一生涯に食べる量を食べてしまったものが有りそう、だからと言って、死ななければならないと言う事も無さそうなので、徒然なるままにご紹介~~♪

但し、通常食卓に登るものではない。普段は至って粗食なので、米とか根菜・蔬菜の類も、平均的現代人に比べたら、江戸時代の百姓のように、相当食べた気がする。その人達と違うのは、鶏卵が多いことぐらい~~♪

少なくとも○○牛とか、何処何処の何々というものは、殆ど食べたことがない~~♪

と言う事で、大抵のものは、自然に有る物で、作物じゃないのが多い~~♪


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1.        ギンナン:

少年の頃、ご飯は毎日三度食べる事が出来て、有り難いと思っているが、お小遣いやお八つが今ほどでは無かったので、今考えれば自然のものをつまり只の物をよく食べていた気がする。その代表の1つがギンナンだ。ご承知の通り、もしかしたら、ご承知無いかも知れないが、食べるまで手間が掛かる。神社の境内や、これも縄張りがあって、何処でもと言うわけではなかった気がするが、あと農家の屋敷林で、特に面倒のない家の隅っこで拾って来て、家の裏庭の空いているところに埋めて、10日後ぐらいに掘り出して、近所の田圃の用水で洗って、筵に広げて干して、と言っても、途中から雨が降るのは気分が悪いので、一日中快晴の日に、干して登校。数日したら、余り臭くならないように手で揉んで、残ったカスを落として、袋に保管した。

何の袋か思い出せないが、木綿かそんな感じで10L位の白い袋が家には有って、それを利用した。多分何かの穀物が入っていたのを保管して居たものと思う。何処の家にもあったような気がする。

ストーブの上でも焼いたが、大抵は焚き火で焼いた。一斗缶の蓋か、何かしらそんなものに乗せて、通常は叩いて少し割って焼きながら食べた。これもご承知の通り、もしかしたら、ご承知無いかも知れないが、偶に強烈に爆ぜて危ないので、何か適当な木片や、杉の枝を被せて焼いた。毎年数百個は食べた、中学生の頃には飽きて、もう余り食べなくなっていた。食糧事情も少しは改善していた。

こっちに出て来て、居酒屋で数十年の間に10個ぐらい食べて、ちょっとしたことで、知り合った農家のお爺さんから数年の間、毎年2300個、乾燥したものを貰って食べた。貰って普通に有難うとだけ言ったが、相当手間が掛かっていることは承知していた。この十年以上食べていない。

ご承知の通り、もしかしたら、ご承知でないかも知れないが、確か何かのビタミンの働きを阻害する物質が入って居るので、大量に食べると場合によっては中毒を起こす。子供には要注意かも知れない。今まで、最低で数千個食べたが、良く中毒に罹らなかったと思う~~♪

多分もう一生涯、食べる予定は無いので、中毒の心配もないが、季節になって道端にギンナンが落ちていたり、あの臭いが風に乗って来て嗅いだりすると、少年の時の、一連の事が思い出される時もある。

当時、今より寒くて、木枯らしや霰が風に混じるのも早かったが、そんな昼下がりに1人で、近くの大きなお屋敷の塀の横に落ちて暫く経ったギンナンを拾って来て、直ぐ洗って、数十個も焼いて食べたことも有った、きっとお腹が空いていたんだろうなぁ。

特に懐かしいという感覚もないが、今、近所の公園でギンナンを拾う人も少ないが、居れば大抵、年配の人で、時代は変わった感じがする。同じような経験のある人か、どうかは不明、子どもが拾っているのは見た事がない。当時塾へ行くと言うこともなかったし、と言うより田舎に塾は無かった、多分。農事や家業、家事の手伝いも分担が有って、良くしたが、外で数人か、それ以上で過ごす時間が長かった。

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このシリーズは、暫く続きます~~♪




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2017年12月 4日 (月)

1回しか食べたことがない物~~♪


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結構有名だったり、かなりの人が食べたことがあったりする物でも、1回も食べたことがない物は、それこそ無限にあって話にもならんが・・・

1回しか食べたことが無いものって、結構あるなあ~~

甜菜(テンサイ、砂糖ダイコン):

子供の時、開拓地の小路を歩いていたら、そこで農作業をしていたオジサンが、畑から抜いて食べさせてくれた。ちょっと甘くて美味しかった。

す○家の牛すき鍋定食:

贅沢をして1回だけ食べた。普段は納豆朝食のご飯ミニか牛丼ミニしか食べない。

松阪牛:

ちょっとしたことで貰って、或る年の年末にすき焼きを食べた、美味しかった、2度と食べられない気がする。

めはり寿司:

和歌山
県の新宮市の友達のお宅に遊びに行った時、覚えては居ないが色々ご馳走になったが、めはり寿司だけは覚えている。とっても美味しかった。それ以来、お目に掛かっていない。

サンマ寿司:

それから二十数年後に、バスツアーの自由食(念のためにご説明すれば、安いツアーで良くあった、昼の休憩時間にツアー客が、自前で勝手に昼食を食べる事~~♪)で、ドライブインみたいな所で、買って食べた。値段の割には美味しかった。

コウナゴの刺身:

鹿児島に行ったとき、宿の近くの食堂で観光客用() ちょっとだけ贅沢定食に付いていた。

ウミブドウの酢の物:

沖縄に遊びに行って、宿の近くの食堂で定食に付いていた。街で見たら高価で2度と食べない物かも知れない。

えらぶウナギ:

沖縄へ遊びに行って、ちょっとした離島ツアーに参加したとき、昼食はお弁当だった。その中に黒っぽい、肉のような、魚のような物が一切れ入っていた。サケとばのように硬かったが、何とか食べた。ツアーの終わり頃、同行者の誰かの話が聞こえて、あれがえらぶウナギだと分かった。知らなかったから普通に食べた、一応念のために申し上げると、ウミヘビです。

ウミガメの刺身:

小笠原の父島の料理店で食べた。クジラの刺身のもうちょいと柔らかい感じで普通に食べられた。

コオロギ、その他ムシ:

東南アジアに出張して、洒落で食べたが、普通に食べられた。日本でイナゴの佃煮は何回も食べたことが有るから、勧められたら、又食べると思う。もう機会は無さそうだが、ゼミの素揚げは一遍食べてみたいが、怪しいオッサンが、近所の雑木林でセミ採りしていたら、動機が動機な物で、挙動が不審に成りそうだ。

カブトガニの卵:

東南アジアに出張して、招待で昼食に参加して、日本では天然記念物なのに、焼いたのを食べた。ハタハタのブリッコのような食感で、味は泥臭くて全然美味しくなかったが、礼儀で美味しいと言ったら、進められたのでたくさん食べた。

アリンコのタマゴ:

東南アジアで、野菜炒めに入っていた、普通に食べた。一緒にいたイタリア人はお腹一杯だとか言って食べなかった。このオッサンが、サルデーニャのカース・マルツゥ(ウジ虫チーズ)が好物だったら、結構笑える。

コブラ入り野菜炒め:

東南アジアで、同僚の日本人がいつもの食堂で予約して居たのを知らないで食べたが、小さな魚の身が、骨付きで入っている感じだった。

タマリンド:

東南アジアに出張したとき、スタッフの女性が食べているのを少し分けて呉れて食べた。甘酸っぱかったが、酸っぱすぎて、変顔になった。

1ポンドステーキ:

中近東に出張しているとき、ホテル行事での夕食、当時は頑張れば食えた、とは言いながら、その次の時には、1/4ポンドにした。

羊の脳みそのすき焼き:

中近東へ出張して、邦人宅へ招待され、洒落ですき焼き風で食べた。フォアグラの様であると言えば、そうでもある。ブレインマサラは、何回も食べたので、羊の脳みそは何回も食べたことが有る。

後、出張中に、ホテルや町の食堂で食べた物で、名前や材料が解らなかった物も、可なりの数に上る。日本でも沢山有る気がするがなんせ1回しか食べていないので、思い出せない、最近は昨日食った夕食も思い出せない(笑い)大抵の物はもう一回食べたいとは思わないが、幾つかはこれ美味しいと言う物も有った。心づくしの・・サイトをずーっと見て回って、案内してくれた人の部屋で小休止した時に、出してくれた、その地でも普通のサンドウィッチなのだけけれど、妙に印象に残って、有難く、美味しく、食べた、そして又続き。
 店で、テーブルを見て何人も食べている物を見つけて、同じ物を頼んだりしたときに、そんな例が多かった。人は自分にとって不気味なものは食べられないが、その人たちが食べている物は、覚悟さえ決めれば、大抵の物は食べられる~~♪

近頃は、毎日同じもの・・朝はパンにマーガリン付けてコーヒー、昼は、即席袋麺、夜は一汁一菜~~♪

1つだけ希望を言えば、即席袋麺は、大抵5個セットで売っているのだが、適当に5種類セットにしてくれないかなあ~~♪


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2017年11月 7日 (火)

棕櫚

今は我が郷里にも庭木として棕櫚が有るかも知れないが、少年の頃は無かった。よって見たことも無かった。

子供のころ、ハリマオだか、少年ケニアだかで見知って、憧れのあった南洋の景色のココヤシが、空に映える景色にも似て、棕櫚は或る意味、好きな木だった。今でもビンロウジュの木が海岸線に有るのは好きだ。

富士山じゃないよ・・

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こちらに出て来て、結構何処にもあって驚いたが、余り世話をされていないのが多いのにも驚いた。

少年の頃、未だ竹の箕は豆と殻をより分けるのにも使っていたし、その他竹製品は身の回りに沢山有った。近所には、笊屋さんも有ったぐらいだ。

家に在った、古い月刊誌の表紙の怪しさに惹かれて、物語や小説を暇なときに読んで、棕櫚の箕が、最も穀物をより分けるときに適していると書いて有ったり、箒の材料としては最高だと書いて有ったり、妙に印象が強かったが、図鑑以外で棕櫚は見たことがなかったので、それ程、理解はしていなかったが、実際に棕櫚を見てその繊維をマジマジと見てさもありなんと思った。但し、今まで棕櫚の箕を実際に見たことはない。

今は箕がプラスチックで出来ており、より分けは出来そうに無いが、あれが竹で作られてあって、農具の可なり基本的なものだというのは、今の人達は知らないことが多いように思う。

棕櫚を庭に植えていたのは、箕や箒その他の材料を採る為だったのかどうかは、分からないけれど、強健な植物で庭木には鑑賞にも良いし有用植物として好まれたのかも知れない。但し、背が高くなるので、世話が出来なくなると、目立つし荒れた感じが出る。近所を散歩していると、そんな荒れた庭も多くなった。



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