2017年7月 3日 (月)

変なガキの普通の日々~~♪9.土器石器化石~~♪

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小学校の高学年の時に、土器の事を習って、直ぐ熱中して、色々遠征して、かなり土器を集めた。石器らしい物もかなり見つかった。化石も同じ仲間の様に感じて、これも有るところを教えて貰って、探しに行った、これもかなりの数になった。勿論全て歩いて行った。

土器の大きな破片は1回も見付けたことがない。多分縄文土器だったと思うが、最高大きくて、差し渡し5センチぐらいが、精々だった。みんなで持ち寄って、今考えると合うわけが無いのに、合う物が無いか散々調べた。

石器みたいな物、土器の欠片、魚や葉っぱの化石など100個以上有ったが、その内飽きて、段々散逸し、その内忘れた。

10年ぐらい前に、知り合った近所のお婆さんが、もう亡くなってしまったが、その甥御さんは、自分と同じように土器石器に魅せられて、その道に嵌って、それを究め、後に某東京大学の考古学の教授に成った。そのお婆さんと知り合った前後にはもう定年退官していたが、考古学に関する一般向けの本を何冊か貸して貰って読んだ。面白かった。そのお婆さん曰く、ご謙遜だろうけれど、一族の中では抽んでて頭脳明晰だったらしい~~♪

俺は典型的な土器の破片だったようだが、偶には翡翠の勾玉も有る~~♪






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2017年6月13日 (火)

変なガキの普通の日々~~♪8.カエルのお腹に藁で空気入れ実験~~♪


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カエルは、田圃に沢山居た。畦道を歩くと、次々に飛び跳ねた。殆どトノサマガエルだった。大きいのを簡単にすぐ何匹も捕まえることが出来た。そろそろ近づいて、手掴みできたし、水に飛び込んで泥の中に隠れても、そこがこんもりしているから、上から簡単に手掴みできた。

藁でお尻から空気を吹き込んで、偶に、おっちょこちょいが、吹く前に吸ったが、「ワッ」とか言っても、どうって事も無かった。

お腹をパンパンにして小さな池に放すと、暫くは潜れなくて何処にも逃げられない。何人かでそれを遣ると、結構シュールな光景だった。いずれ抜けるから死んだりはしなかった。当時流行の2B弾を口に突っ込んで爆発させたが、直ぐ死にはしなかったけれども、余りにも悲惨なので暫し盛り上がったが、直ぐに止めた。

カエルを瓶に入れてそこでも爆発させたが、戦乱の地で、地雷原にはまりこんだ、逃避中の村人の被害の様子を後年見て、同じような物だと思った。今考えると、かなり酷いことをしたものだと、ゾッとする。

当時お小遣いは良い日で一日10円でお菓子も欲しいし、当時ツユと呼んでいたが、色付きフレーバー付きの甘い飲物、ビニール系の容器に入っていたのも飲みたいし、それらを我慢して買った、2B弾だ。

自分で遣っておいて酷いと思ったぐらいだから、直ぐ止めたが、指に持っているときに爆発して、指先が真っ白になって、暫くの間かなり痛くて感覚も無かった。摘んでいた場所が悪ければ、かなり悲惨だったはずだ。

指が今でも付いているから、運が良かった~~♪

ついでに言えば、マッチのように擦って点火するのだが、普通のマッチと違って、何処に擦っても点火できた。白っぽい煙が勢い良く出ている内に水に入れると不発になるが、煙が黄色に変化して勢いが無くなると水に入れてもぶくぶく泡が出て、それから破裂した、偶にその黄色の煙の時間を読み違えて、持っている内に破裂したのだ~~♪

当時、多分10本か20本入りで10円位だったと思う。

多分今はそんな危険な物は売っていないと思うが、清く正しく美しい、現代から見れば、隔世の感が有る~~♪

カエルで思い出したが、カエル釣りも何回か遣った事がある。トノサマガエルは目の前で少し動く黒っぽい物を蠅と誤解して食いつく、という話しを仕入れてきた人が居て直ぐ実行。チカラシバの穂先に芒を23本残して後はむしり取り、根元で切ったものを、カエルの顔の数センチ前で、少しユラユラすると、余り覚えていないが、舌を出して飛び付いてくる、一瞬だけ釣れて、手掴みする前に空中で落下が多かった~~♪

馬鹿だと思ったわけではないか、毛針でウグイも釣っていたし、結構いい加減な物だと思った、勿論自分のいい加減さは棚に上げて~~♪



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2017年6月 1日 (木)

変なガキの普通の日々~~♪7.トンボの頭の回転実験~~♪

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子供の頃、トンボは今の何十倍も居た。子供の頃父親が言うには、戦前はその何倍も居たらしい。

簡単に捕まえることが出来た。その内段々飽きてきて、尻尾を切り落として、藁を刺して、どれぐらい長くても飛べるか実験をした。細いと1015センチ位だったら飛べた。止まっているトンボは、頭を人間とは違った感じでどの方向にも向く訳じゃなかったが、右左に振って周りを居ていたようだ。それでどれぐらい回るか実験をした、3/4回転ぐらいは平気だったようだが、何回か遣っている内に、もげた。1回転ぐらいすると、元に戻らないことが多かった。これも暫くは平気だったが、やっぱり罪悪感にかられて、止めて、遣らなくなったけれども。トンボの首を全部千切ったわけでもないけれど、一頃、トンボは殆ど絶滅した。今は少しだが復活している様だけれど、何十分の一しか居ない気がする。

トンボを捕る子供も居ないけれど、農薬の影響かどうかは分からないけれど、空がそれこそ薄暗くなる程居たトンボはどこへ行った~~♪

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2017年5月 6日 (土)

変なガキの普通の日々~~♪その6~ヒバリの巣の移動実験~~♪

今でも郊外や海岸線近くの草地に行くと、春先はヒバリが空高く鳴いている。

縄張りを主張しているようであるが、草地に寝転んで聞いていると、殆ど一日中大空に浮かんで囀っているように思う。

WEBから拝借

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暫くすると、その下の荒れ地の草原に巣を造って卵が4個ほど生まれる。23週間で雛になり、又23週間で巣立つようだったが、その間に注意深く見ていると、巣の場所が分かって、何回か巣を移動したことが有る。数メートルでも暫く親は発見出来ないが、その内、見つけるようだが、これもやはり罪悪感にかられて、元の場所に戻した。

1時、空き地と言う物が少なくなり、ヒバリにとっては住みやすい環境が減ったのだろうが、最近又田舎では草地が増えてきて、ヒバリにとっては住みやすくなってきているのかも知れない~~♪

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2017年4月10日 (月)

変なガキの普通の日々~~♪その5:泥炭掘り~~♪


当時田舎では、冬は薪ストーブ、豆炭の火鉢、炬燵は囲炉裏に炭火、消し炭も多かった、風呂のある家は、柴や薪~~♪

石油ストーブ・ファンヒーター、床暖房などと思っていると話しがよく理解できないかも知れない、エアコンというもの未だ知られて居なかったし、セントラルヒーティング(炬燵じゃないw)と言う言葉も知られていなかった。扇風機を持っている家は有った~~♪

そんな時代の小学校の高学年か中一の頃、社会か理科かは覚えていないが、泥炭に付いて習った~~♪

もしかしたら、我が農村地域でも大東亜戦争中に色々資材が不足して、泥炭も燃料にしていたかも知れない。

泥炭:この写真はネットから拝借したものだが、もうちょっと黒かった気もする
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習って暫くしてから、祖父さんに話しをしたら、何カ所もあるのだけれども・・と言って、今度一緒に行って遣る、とのこと。祖父さんは、当時、凄い爺さんと思っていたが、今考えると、今のオラより、精々23歳上のはずだ~~♪

そしてある時決行、稲刈りが終わった秋だと思う。何時も釣りに行く大きな沼の北側の田圃に向かった。その畦道は幅2メートルぐらいで、リヤカー位なら通れて、虫や栗、他の木の実を採るときにも良く通る路であった。

後で考えれば、多分、そこは親戚の田圃で、事前に話しをしていたと思われるが、最後は細い用水の横の細い畦を通って場所を決めた。

水のない、やや湿った田圃の土を1メートル四方ぐらいを、当時祖父さんは3尺と言っていた気がする、屋根の雪下ろしをするときのように、四角に少しずつ掘り下げて行き450センチ、いやもっと掘ったかも知れない、そしたら、明らかに土の色が変わって、黒っぽい荒い感じの明らかに、今までの土とは違う湿った物が出て来た。

泥炭だ、田舎では何か別の名で呼んでいた気もするが、思い出せない。水気が多く脆かったが、煉瓦ぐらいの大きさにして、数個取りだした。跡地は埋め戻した。掘った割には、少し盛り上がっていたが、少し丁寧に踏んで平にした。代掻きをすれば、何でもなくなる、と言って心配顔の俺に言った。

泥炭は持って行った板に載せて、荒縄で板をつり上げて、家まで持って帰った。雨の当たらない裏庭の適当な所に放置しておいた。

残念ながら、どうしたか覚えていないが、もう乾燥した頃は、興味も失せて、燃料としてストーブにくべたのだろう。関連の何かを思い出したときに、記憶が蘇ることを期待しているが、その前に、みんなと同じ運命がめぐって来ると思う~~♪







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2017年3月 6日 (月)

変なガキの普通の日々、その4:カタツムリの右巻き・左巻き観察~~♪

ネジバナ、左巻き例外無し、色はピンクというか薄い紫というか、白花あり。

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小学生の頃は、カタツムリはそこら中にいた。ついでに言えば、タニシも田圃や沼に無茶苦茶居た。タニシは食えると言う事は知っていたが、近隣で食べたという話しは聞いたことがない。フランスではカタツムリを食べるらしいと言う事も知っていたが、自分の身の回りにいるカタツムリを食べていると思っていた。当時は未だアフリカマイマイのことは知らなかった。

カワニナも用水路に沢山居た。カラスガイも沢山居た、カラスガイはススキの穂を毟って穂先を差し入れて釣る遊びを時々やっていた。


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誰かがカラスガイの中に真珠が入っているものが有る、って言ったので真珠が欲しいとは思わなかったが、確かめたくて、その夏は、近所で一番大きな川の歩けるところを、片っ端から探し回り、大きな貝を何十個も割って、身を剥いて笊の上で真珠を探したが、1個も見つからなかった~~♪

一時的に減っただろうが、その内、又目立つようになって、気になって何個か割ってみたが真珠はやっぱり無かった。一時的に減ったけれども、直ぐ回復した。後年殆ど貝が絶滅したのは何ででしょう~~♪

と言う事で本題、タニシは全て同じ向きに巻いていた気がするけれど、誰かが、カタツムリは巻きの向きが違う奴が居ると気付いて、確かめることにした~~♪

それから数日、何時もの幼友達がそこらを練り歩いて何百個も集めて検査~~♪

どちらかに少し傾いて居た記憶がボンヤリ有るが、種によるものなのか、それとも別の理由なのか分からないうちに飽きたし、別情報でカタツムリはオスメスが一匹で兼務していて、怪しい事に成っているらしいことが分かり、ミミズと同じという話しになり、大した事も分からず、大量のカタツムリをそこら辺に放置して一件落着、何が一件落着かは兎も角~~♪

おまけ、百円寿司で偶にウニを食べるけれど、テレビでウニ取りを見ていると、みんな『ウニ』が入っている・・オスもメスも見てくれ同じか~~♪

百円寿司もじっくり見たら、あのウニのオスメスが分かるのかなぁ~~♪

世界は不思議に満ちている~~♪








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2017年2月24日 (金)

変なガキの普通の日々、その3、鮒のオスメス検査~~♪

小学生~中学生の頃は、近所の沼と川で良く魚釣りをしていた。勿論勉強はしたことがない~~♪
 (神童だった~~嘘~~♪)

ネットから拝借のフナ

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家の裏には生活雑排水を流す水路が藁の堆肥の側を流れていたから、ミミズは採り放題。

一番呑気な釣りが、沼の土手に座っての鮒釣り、単にフナと言っていたが、ギンブナ。一応キンブナやニゴロブナやゲンゴロウブナ(ヒラブナ)も居たがそれ程意識無く、大きさの方に関心が行っていた~~♪

ある時、友だちがギンブナにはオスは居ないと言ったので、その子は俺と違って普段から賢い奴で、ジュウシマツも飼っていたし、カブトムシも養殖していたし、サボテンも増殖させていた~~♪


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雄しべ、雌しべの話もあるし、ボンヤリ男と女が居ないと、子供は出来ないと言うのは知っていたが、メスだけで卵を産んでフナが増える、と言う話しは、なんか不安を払拭する朗報の様な気もした。

今考えると相当、無知だが当時は特に変な感じもしないのに、ここが変な所だけれど、フナに本当にメスしか居ないのか、検査することにした~~♪

鮒釣りは初夏が多かったから、その時は産卵期で都合が良かった。釣ったら、そのフナのお腹を強く押して卵を絞り出す、どうしても何も出ない場合は、いつも持っていた肥後の守でお腹を割くというもの、未成熟なのかよく分からないのは居たが、それ以外は全てメス、数十匹検査した。釣ったものは魚籠に入れていたので、釣っている内に死ぬことは、余りなかったが、腹を割けば死ぬ。最初は無頓着で平気だったが、その内罪悪感に囚われて、少し疑問は残ったが、ギンブナはメスだけだ、と一応の結論を出して、腹を割くのは止めた。大抵の獲物は何かしらの形で食べていたので、親に雌雄を聞けば良かったのだろうけれど、そんな智恵は後で付いた。

ギンブナのオスは、何処へ行ったのだろう~~♪

最初は何処から出て来たんだ~~♪

何かそれらしい説明は、ネット上で見付けたが、何か実験もしないで、~~じゃなかろうか、にしか思えなかった。自分的には未だに不明~~♪

世界は、不思議に満ちている~~♪








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2017年1月23日 (月)

変なガキの普通の日々、その2、美味しいハンバーガー~~♪

テレビでポパイのマンガをいつも見ていた。時々話の展開には全く関係ないが、学生服のような服を着たウィンピーが登場。






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当時自分は小学生で、真夏を除いて、一着切りの学生服をいつも着ていた、そのウィンピーが美味そうにハンバーガーを数個食べていた。とっても美味しいものと思って、いつも食べたかったが、勿論田舎に売っていないし、県庁所在地にも未だお店が無かったと思うが、有ったとしても買うお金もない。

それから何年か経って、故郷を後にして、都会に出て、それを買えるお金を手にしたときに、繁華街にあるそんな店に行って、やっと何とか注文した。大体何種類も有ると思っていない、色々勧められるなんて想像もしていなかった。兎も角、買うことが出来た。

ウィンピーの様に、幻想だが、一口でパクリと遣りたかったが、とても大きくてそうもいかず、親から止められていた大口を開けて、期待を込めてがぶりと一口。

想像と全く違っていた。それ以来十数年、食べたことがなかった。その後、残業で差し入れられたり、誘われたりして、今まで数回食べたことがある。

あれが美味しい、って毎日の様に昼に食っていた同僚が居たが、きっと味覚異常が有ると思ったほど~~♪

しょっぱい油塗れのフライドポテトと一緒に食うなんて、それもトマトケチャップをべっとり付けて~~♪

ここ十数年食べた事はないが、冥土のみやげに1回食べてみようかしら。ただ、キャビキャピの店員に色々聞かれたり、何か追加で勧められたりしたら、訳が分からなくなって今度は逃げるかも知れない~~♪

ついでに○○フライドチキンを、ウン十年前にお店で食べた事が、1回有るが、油漬けかと思った、手が脂塗れ~~♪

そもそも、油で揚げたものを手づかみで食べる、と言う事に抵抗が有る、天ぷらは、箸で食べるだろう。

トルコ人やアラビア人だって、ドネルケバブは油で揚げた訳じゃないが、パンにはさんで食っている~~♪



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あ、そうそう、アラビアに行ったときに、現地の人が、何を食べようか、と言ってくれたので、これもずっと心の中で思っていた物なので、遠慮無く、そのドネルケバブを所望。その後滞在中何回か食べたが、凄く美味しくて繰り返し食べた、と言う感じではなく、比較的大人しい味で安いし何となくおにぎりを食べる感じで食べた~~♪

勿論、飲物はコーラ、お陰様でドネルケバブのように太った~~♪







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2017年1月11日 (水)

変なガキの普通の日々、その1、ウィスキーの一気飲み~~♪

夜も寝ないで昼寝して、三度の飯も四度食い、つらつら昔の事を考えて、最近の事も不確かで、昔のことは殆ど思い出せない~~♪

(ちょっぴり七五調)

或る方が、コメント下さって、有り体に言えば、笑ってくれるらしく、昔しでかしたことを白状しろと(笑い)言われて~~♪

自分では普通のことであったと思っていたのだが、もしかしたら、変なガキで、勝手に色々な実験をして暮らして居たのかもしれないなあと思って、今ならきっと或る種の学習障害だと言われて要観察扱いだったかも・・・なんせ自分では日常的なので、特に感慨も無し、強い記憶も無いが、『柿実験』の他にも幾つか思い出しましたので~~♪

その1、ウィスキーの一気飲み~~♪

子供の頃、テレビの西部劇で、カウボーイが、当時はガンマンと区別が付いていない、馬から下りてスイングドアを押して入り、カウンターに立って、ウィスキーを頼むと、リー・バン・クリーフ当たりが良い、カウンターを滑らして届いた、グラスに三分に一ぐらい入ったウィスキーを一口で飲む~~♪


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何度かこう言う情景を見て、よっぽど美味しいという刷り込みが行われて、機会が有れば遣ってみたい~~♪

勿論ウィスキーが、酒という認識は無い、大体見たことがない。

小学校の高学年か、中学校の時にその時はやって来た。

当時時々、お使いで酒屋に行って、四合瓶に量り売りの日本酒を買ってきてお駄賃を貰っていたが、幻想としては、そこでミニチュアのウィスキーを一本買って、そこのコップで飲んだ様に脚色美化されているが・・実際は、誰かがお土産で家に持ってきた、トリスを見付けて、例のウィスキーと確信した。

家人の居ないときに、ガラスの日本酒を飲む小さめのコップに半分ぐらい注いで、カウボーイよろしく、一気に飲んだ。注いでいる時から、怪しい匂いがしてきたはずであるが、多分甘くて美味しい物と刷り込まれているから、疑いなく、グイと呷った。

結果はご想像通り、胸が焼けそうで、ついでに胃がキリキリしだして、顔が真っ赤になって、身体がだる~く成って、何か悪い物を飲んだと本気で思った。こんなはずじゃない。異常な物を感じて、いつも寝ている、半天井裏みたいな部屋に這うように上って行って寝床で横になったら、その内寝入って、夕方起きたら平気だった(笑い)

もう一つ、ウィスキーの一気飲みを思い出した~~♪

こんな事が有ってから、十数年後、テレビのサスペンスドラマなら、テロップが流れるところだ。

今でも親しい、お互いにその信頼感を一度も疑ったことのない友人が居るのだけれど、その人のアパートに居て雑談していた。かなり夜も更けていたのであるが、隣の駅に、実は結構遠いのだが、自分の高校の時の同級生が住んでいることを教えると、訪ねていって激励(笑い)しようと言うことになった。もう終電車は過ぎていた。普通は止める所だろうけれど、なんせ暇だし田舎者だから、長い距離を歩いて移動というのは子供の頃から慣れている。

冬だった気がする。その高校の同級生からは、手紙か葉書を貰っていて、~~銭湯の側の~~荘と言う事は知っていた。今と違ってケータイやスマホみたいなのは地球防衛軍しか持っていないどころか、普通の貧乏田舎者のアパート暮らしでは、固定電話もありゃしない。

その時に、寒いから、少し暖かくしてとか何とか言って、多分ホワイトか何かのウィスキーを、お互いコップ一杯と少し、23口で飲んで出掛けた。

歩き始めて間もなく酔いが回り始めたが、蹴躓いて転ぶこともなく、近所までたどり着いた。比較的分かり易く、それ程迷うことなくも、見付けて部屋に入れて貰ったときには、もう二人とも完全に出来上がっていて、相手は聞いて居るばかりであったが、二人は勝手なことを言って一段落したら、同級生は、乾麺を茹でて、醤油と砂糖と、削り節で出汁を取った汁で、うどんをご馳走になって帰った。素うどんだったけれど、とっても美味しかった。

帰り道は少し酔いも覚めて、寒かったが、未だ電車もないし、歩いて何とか友だちのアパートまでたどり着いて、1人は炬燵に入って寝た。残念至極だったが、そのうどんをご馳走してくれた同級生は、その後30代半ばで夭逝した。




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