2018年2月17日 (土)

食べすぎた物~~♪ 3. ナツハゼの実


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 ナツハゼはツツジ科スノキ属でブルーベリーやクロマメノキと同じ仲間だが、これらより、甘味と酸味が強く、大変美味しいと思って食べていた。勿論ブルーベリーを知ったのはかなり後になってからのことである。
 田舎の裏山にかなり大きな木が数本有って、その内の一本は、小学生ぐらいなら登ることが出来るぐらいであった。季節になると、そこを回って、よく食べた。秋深くになっても、落果しないで、しわぶけていても食べることができ、少し発酵気味で、歯が紫色になるばかりではなく、お腹がキリキリした。甘味も強くこれはこれで美味しかった。
 余り強くないのか、自分の田舎以外の丘陵で見たことは一度もない。ブドウ程ではないが、房のようになっていて、左右に分かれて実が生っており、元の方から熟したように記憶している、実の先の方は家紋の木瓜のような模様が付いていた。食べて帰ると、必ず家人に、「コハジャ(ナツハゼの実の方言)食べたでしょう」、と言われたが、当時は何となく後ろめたい気がしていたが、未だにその意味は分からない。

 近所にブルーベリー農園が、小さいながら何カ所もあるし、庭木に有ることもあるが、ナツハゼが有るのは、見たことがない。ブルーベリーの様に大粒のは無いが、甘味も酸味も良いし、房で生っているところも綺麗だし、樹形も良い、紅葉も綺麗だ。どっかの園芸農家が品種改良と普及をしないかと密かに期待している。少年時代の懐かしい思い出の実でもあるし、とは言っても、もう間に合わないけれど~~♪


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2018年2月 8日 (木)

食べすぎた物~~♪ 3. アケビ 


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 こっちに出て来て、某有名果物店で、立派で綺麗な薄紫のアケビが1個¥1000の値札が付いているのを見たときには卒倒した(笑い)。当時住んでいた四畳半に押し入れと流しが付いて居た、全部で6畳分の部屋の家賃が月¥15000、って言うことは、アケビ1個で部屋代2日分~~♪
 子供の頃、中秋の名月の頃、毎年同じ方面へ行って採っていた。達成感は有るが、保存が利かないし、量の割りには、可食部が少ない、只自然の物にしては、甘みが強く、季節になれば、大抵23回は採りに行った。
 一度だけだが、天敵のヘビがとぐろを巻いているのを、見たことがある。嫌いだが暫く見ていたら、どう言う順序か良く飲み込め無かったが、とぐろをす~~っと解いて、ヤブの中に消えた。
 こっちに来てから、秩父に散策に行って、宝登山山麓に、沢山有るところを偶然見つけて、数年通ったが、或る年に、雑木が伐採されていて、当然アケビの蔓も無くなっていて、何かの開発が行われていた。それっきり行かなくなった。その頃住んでいたアパートに庭が有って、勝手に耕作して、棚を設えて、アケビを植えて、数年後から何年も毎年安定して採ることが出来た。ブラブラ、薄紫の実が生っているのは、景色としても良かった。
 そこを引っ越しして暫く、忘れていたが、偶、千葉を適当に散策していたら、これ又偶然沢山生っているところを発見して、今でも数年に1回採りに行くが、近年は体力の問題もあり、写真に撮ってお終いと言う事が多くなった。戻りに直売所で、何か重く無い野菜を買って帰ることが多くなった~~♪
 アケビも売っていることが有るが、沽券に関わりそうで買ったことはない、実は栗も買ったことはない、甘く加工した瓶詰めは、年に一回程度買うこともあるが、生栗も買えば、少年時代の何かが壊れそうで、それから、値段が何であんなに高いんだ?
 長じてから、アケビの皮に挽肉や野菜を詰めた物を油で揚げて、筒切りにして、おかずや肴にしたが、苦みがあり、大人の味だった。面倒な時は、細切りにして、肉などと一緒に炒めても、それなりに美味しかった。加熱すると焦げ茶色になるので、見た目は少し落ちた。



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2018年1月27日 (土)

食べすぎた物~~♪ 2. ヤマグリ(野生の栗):

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 毎年実りの季節になると、近所の友達数人と23回遠征した。こちらはギンナンと違って、採るときに協力が必要なので、行った人数で概ね平等に分けた。採った後に、例えば3人で行けば、6つの山に分けて、ジャンケンで勝った巡に、1~2~3と取ってゆくが、4~5~6は、その逆順にした、平等性を担保したのだろう。勿論その場で、分ける前に何個も食べた。
 待ちきれずに採りに行く物だから、最初は近所で、やや未熟で、鬼皮が黄金色じゃなく、完全に白いこともあったが、それはそれで美味しかった。何時も戻りは、歩きながら皮を剥いて生で食べた、栽培種は何回も食べたことはないが、より甘みが強かった気がする。後年分かったのだが、栗も特に栽培種なら採ってから或る程度、時間が経った方が美味しい。
 やはり白い袋に保管して、適宜取りだして食べたが、その時は焼いたり茹でたりして食べる事が多かった。カーバイドを水に漬けて、そのガスに火を付けて、焼きながら食べたことが有るが、中々焼けないので、今で言えば子供の世間話の時間~~♪
 保管しておくと、虫が食っているのが分かるので、実際は、産み付けられた卵が孵化して、内部に侵入したのかも知れない。思いだした頃、点検して虫食いは捨てた。後年、良く拭くか、洗ってから保管した気もする。
 偶に忘れて、少し残っていたのが春になって、虫食いのは捨てて、無傷のを食べたこともある。
 良く木にも登ったが、栗の木は比較的折れ難く、先の方まで登って行くと撓んで、下の連中がそれを掴まえて採り、イガから溢れたのは笹のしたに落ちる事が多いので、それを見張る子と分担を適当にしていた。不器用な子は、木に登らない事が多かったが、別の事で器用だったりはしたが、危ないので、登らせなかった、っと言った方が、良いかも知れない。57メートルから落ちたら、打ち所が悪いと相当な怪我をする。
 高校生ぐらいの時にも、数回行ったが、そんな時には、近所の子供を同伴して、下で拾う掛かりぐらいにして、もう自分は、特に欲しいと言うこともないし、十数個だけ貰って、後は子供たちに、平等に分けた。小学校の3~4年生は、相当喜んでいた。
 今は公園の栗の木の下にはイガは山ほど落ちているが、実は落ちていない。早朝散歩の皆様の楽しみ、きっと俺と同じ様な体験のある人じゃ無かろうかと思っている~~♪
 こっちに来てから、良く安切符で小旅行をしたが、その時のお八つの定番は天津甘栗、最近はとんとご無沙汰~~♪

 瓜食めば、子ども思ほゆ、栗食めば、まして偲ばゆ

 自分は子どもの時にばかり、栗を食っていたので、こんな感慨は浮かばなかったが、大人になった時には、そこらの子どもは袋菓子を食って、甘い炭酸飲料を飲んでいた~~♪








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2018年1月16日 (火)

食べすぎた物~~♪ 1. ギンナン:






普通の人が一生涯に食べる量を食べてしまったものが有りそう、だからと言って、死ななければならないと言う事も無さそうなので、徒然なるままにご紹介~~♪

但し、通常食卓に登るものではない。普段は至って粗食なので、米とか根菜・蔬菜の類も、平均的現代人に比べたら、江戸時代の百姓のように、相当食べた気がする。その人達と違うのは、鶏卵が多いことぐらい~~♪

少なくとも○○牛とか、何処何処の何々というものは、殆ど食べたことがない~~♪

と言う事で、大抵のものは、自然に有る物で、作物じゃないのが多い~~♪


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1.        ギンナン:

少年の頃、ご飯は毎日三度食べる事が出来て、有り難いと思っているが、お小遣いやお八つが今ほどでは無かったので、今考えれば自然のものをつまり只の物をよく食べていた気がする。その代表の1つがギンナンだ。ご承知の通り、もしかしたら、ご承知無いかも知れないが、食べるまで手間が掛かる。神社の境内や、これも縄張りがあって、何処でもと言うわけではなかった気がするが、あと農家の屋敷林で、特に面倒のない家の隅っこで拾って来て、家の裏庭の空いているところに埋めて、10日後ぐらいに掘り出して、近所の田圃の用水で洗って、筵に広げて干して、と言っても、途中から雨が降るのは気分が悪いので、一日中快晴の日に、干して登校。数日したら、余り臭くならないように手で揉んで、残ったカスを落として、袋に保管した。

何の袋か思い出せないが、木綿かそんな感じで10L位の白い袋が家には有って、それを利用した。多分何かの穀物が入っていたのを保管して居たものと思う。何処の家にもあったような気がする。

ストーブの上でも焼いたが、大抵は焚き火で焼いた。一斗缶の蓋か、何かしらそんなものに乗せて、通常は叩いて少し割って焼きながら食べた。これもご承知の通り、もしかしたら、ご承知無いかも知れないが、偶に強烈に爆ぜて危ないので、何か適当な木片や、杉の枝を被せて焼いた。毎年数百個は食べた、中学生の頃には飽きて、もう余り食べなくなっていた。食糧事情も少しは改善していた。

こっちに出て来て、居酒屋で数十年の間に10個ぐらい食べて、ちょっとしたことで、知り合った農家のお爺さんから数年の間、毎年2300個、乾燥したものを貰って食べた。貰って普通に有難うとだけ言ったが、相当手間が掛かっていることは承知していた。この十年以上食べていない。

ご承知の通り、もしかしたら、ご承知でないかも知れないが、確か何かのビタミンの働きを阻害する物質が入って居るので、大量に食べると場合によっては中毒を起こす。子供には要注意かも知れない。今まで、最低で数千個食べたが、良く中毒に罹らなかったと思う~~♪

多分もう一生涯、食べる予定は無いので、中毒の心配もないが、季節になって道端にギンナンが落ちていたり、あの臭いが風に乗って来て嗅いだりすると、少年の時の、一連の事が思い出される時もある。

当時、今より寒くて、木枯らしや霰が風に混じるのも早かったが、そんな昼下がりに1人で、近くの大きなお屋敷の塀の横に落ちて暫く経ったギンナンを拾って来て、直ぐ洗って、数十個も焼いて食べたことも有った、きっとお腹が空いていたんだろうなぁ。

特に懐かしいという感覚もないが、今、近所の公園でギンナンを拾う人も少ないが、居れば大抵、年配の人で、時代は変わった感じがする。同じような経験のある人か、どうかは不明、子どもが拾っているのは見た事がない。当時塾へ行くと言うこともなかったし、と言うより田舎に塾は無かった、多分。農事や家業、家事の手伝いも分担が有って、良くしたが、外で数人か、それ以上で過ごす時間が長かった。

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このシリーズは、暫く続きます~~♪




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2017年12月 4日 (月)

1回しか食べたことがない物~~♪


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結構有名だったり、かなりの人が食べたことがあったりする物でも、1回も食べたことがない物は、それこそ無限にあって話にもならんが・・・

1回しか食べたことが無いものって、結構あるなあ~~

甜菜(テンサイ、砂糖ダイコン):

子供の時、開拓地の小路を歩いていたら、そこで農作業をしていたオジサンが、畑から抜いて食べさせてくれた。ちょっと甘くて美味しかった。

す○家の牛すき鍋定食:

贅沢をして1回だけ食べた。普段は納豆朝食のご飯ミニか牛丼ミニしか食べない。

松阪牛:

ちょっとしたことで貰って、或る年の年末にすき焼きを食べた、美味しかった、2度と食べられない気がする。

めはり寿司:

和歌山
県の新宮市の友達のお宅に遊びに行った時、覚えては居ないが色々ご馳走になったが、めはり寿司だけは覚えている。とっても美味しかった。それ以来、お目に掛かっていない。

サンマ寿司:

それから二十数年後に、バスツアーの自由食(念のためにご説明すれば、安いツアーで良くあった、昼の休憩時間にツアー客が、自前で勝手に昼食を食べる事~~♪)で、ドライブインみたいな所で、買って食べた。値段の割には美味しかった。

コウナゴの刺身:

鹿児島に行ったとき、宿の近くの食堂で観光客用() ちょっとだけ贅沢定食に付いていた。

ウミブドウの酢の物:

沖縄に遊びに行って、宿の近くの食堂で定食に付いていた。街で見たら高価で2度と食べない物かも知れない。

えらぶウナギ:

沖縄へ遊びに行って、ちょっとした離島ツアーに参加したとき、昼食はお弁当だった。その中に黒っぽい、肉のような、魚のような物が一切れ入っていた。サケとばのように硬かったが、何とか食べた。ツアーの終わり頃、同行者の誰かの話が聞こえて、あれがえらぶウナギだと分かった。知らなかったから普通に食べた、一応念のために申し上げると、ウミヘビです。

ウミガメの刺身:

小笠原の父島の料理店で食べた。クジラの刺身のもうちょいと柔らかい感じで普通に食べられた。

コオロギ、その他ムシ:

東南アジアに出張して、洒落で食べたが、普通に食べられた。日本でイナゴの佃煮は何回も食べたことが有るから、勧められたら、又食べると思う。もう機会は無さそうだが、ゼミの素揚げは一遍食べてみたいが、怪しいオッサンが、近所の雑木林でセミ採りしていたら、動機が動機な物で、挙動が不審に成りそうだ。

カブトガニの卵:

東南アジアに出張して、招待で昼食に参加して、日本では天然記念物なのに、焼いたのを食べた。ハタハタのブリッコのような食感で、味は泥臭くて全然美味しくなかったが、礼儀で美味しいと言ったら、進められたのでたくさん食べた。

アリンコのタマゴ:

東南アジアで、野菜炒めに入っていた、普通に食べた。一緒にいたイタリア人はお腹一杯だとか言って食べなかった。このオッサンが、サルデーニャのカース・マルツゥ(ウジ虫チーズ)が好物だったら、結構笑える。

コブラ入り野菜炒め:

東南アジアで、同僚の日本人がいつもの食堂で予約して居たのを知らないで食べたが、小さな魚の身が、骨付きで入っている感じだった。

タマリンド:

東南アジアに出張したとき、スタッフの女性が食べているのを少し分けて呉れて食べた。甘酸っぱかったが、酸っぱすぎて、変顔になった。

1ポンドステーキ:

中近東に出張しているとき、ホテル行事での夕食、当時は頑張れば食えた、とは言いながら、その次の時には、1/4ポンドにした。

羊の脳みそのすき焼き:

中近東へ出張して、邦人宅へ招待され、洒落ですき焼き風で食べた。フォアグラの様であると言えば、そうでもある。ブレインマサラは、何回も食べたので、羊の脳みそは何回も食べたことが有る。

後、出張中に、ホテルや町の食堂で食べた物で、名前や材料が解らなかった物も、可なりの数に上る。日本でも沢山有る気がするがなんせ1回しか食べていないので、思い出せない、最近は昨日食った夕食も思い出せない(笑い)大抵の物はもう一回食べたいとは思わないが、幾つかはこれ美味しいと言う物も有った。心づくしの・・サイトをずーっと見て回って、案内してくれた人の部屋で小休止した時に、出してくれた、その地でも普通のサンドウィッチなのだけけれど、妙に印象に残って、有難く、美味しく、食べた、そして又続き。
 店で、テーブルを見て何人も食べている物を見つけて、同じ物を頼んだりしたときに、そんな例が多かった。人は自分にとって不気味なものは食べられないが、その人たちが食べている物は、覚悟さえ決めれば、大抵の物は食べられる~~♪

近頃は、毎日同じもの・・朝はパンにマーガリン付けてコーヒー、昼は、即席袋麺、夜は一汁一菜~~♪

1つだけ希望を言えば、即席袋麺は、大抵5個セットで売っているのだが、適当に5種類セットにしてくれないかなあ~~♪


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2017年11月 7日 (火)

棕櫚

今は我が郷里にも庭木として棕櫚が有るかも知れないが、少年の頃は無かった。よって見たことも無かった。

子供のころ、ハリマオだか、少年ケニアだかで見知って、憧れのあった南洋の景色のココヤシが、空に映える景色にも似て、棕櫚は或る意味、好きな木だった。今でもビンロウジュの木が海岸線に有るのは好きだ。

富士山じゃないよ・・

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こちらに出て来て、結構何処にもあって驚いたが、余り世話をされていないのが多いのにも驚いた。

少年の頃、未だ竹の箕は豆と殻をより分けるのにも使っていたし、その他竹製品は身の回りに沢山有った。近所には、笊屋さんも有ったぐらいだ。

家に在った、古い月刊誌の表紙の怪しさに惹かれて、物語や小説を暇なときに読んで、棕櫚の箕が、最も穀物をより分けるときに適していると書いて有ったり、箒の材料としては最高だと書いて有ったり、妙に印象が強かったが、図鑑以外で棕櫚は見たことがなかったので、それ程、理解はしていなかったが、実際に棕櫚を見てその繊維をマジマジと見てさもありなんと思った。但し、今まで棕櫚の箕を実際に見たことはない。

今は箕がプラスチックで出来ており、より分けは出来そうに無いが、あれが竹で作られてあって、農具の可なり基本的なものだというのは、今の人達は知らないことが多いように思う。

棕櫚を庭に植えていたのは、箕や箒その他の材料を採る為だったのかどうかは、分からないけれど、強健な植物で庭木には鑑賞にも良いし有用植物として好まれたのかも知れない。但し、背が高くなるので、世話が出来なくなると、目立つし荒れた感じが出る。近所を散歩していると、そんな荒れた庭も多くなった。



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2017年9月26日 (火)

変なガキの普通の日々~~♪11.恐竜の化石~~♪

今では里山とでも呼ぶのだろうが当時は、単に山とか裏山とか言っていた気がする。そこにはヤマグリ、アケビ、ナツハゼ、ヤマブドウなどが有った。沢筋にはキイチゴ、土手にはバライチゴが有った。季節になればよく採りに行って食べた。

傍には大きな貯水池、自分たちはオオツツミ(大堤)と呼んでいて、春先からよくフナ・コイ釣り、ナマズの置きバリなんかをしていた。蓮の実や細い当年の蓮根もよく食べた。

高度成長時代には、その裏山の貯水池に接して居る場所が開墾されて、池の周りは田圃になった。

そんな一角に、大きな頭蓋骨や肋骨、その他色々な骨が何カ所かに有った。

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未だ恐竜ブームのはるか以前だったが、恐竜の骨だと言った奴が居て、みんな信じて、その緩い斜面を結構、当時としては、丁寧に探し歩いて、何体かが有るのを確認した。草に埋もれたり蔦が絡んだりしていたが、決して土中に埋没していた訳じゃない。勿論岩と一体化していた訳じゃない。

暫くして飽きたので探索は止めたが、特段疑うこともなく、我々の中では恐竜の化石と言う事で済んでいた~~♪

中学生ぐらいになって、その正体が分かった。

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家畜だったのだ。戦中に、家畜を食べた物だったらしい。

その老馬だって、普段と違う主人の様子に気が付かなかったはずがない。

これで父祖に対する尊敬の念が増しこそすれ、その逆は有り得なかったのだが・・・・

このシリーズ、一旦完了~~♪


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2017年8月 1日 (火)

変なガキの普通の日々~~♪10.オートバイのナンバーの色当て遊び~~♪

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今、子供の頃の写真を見ると、別の国の写真を見ているような、異次元の写真を見ているような、感慨に囚われる~~♪

道路が埃っぽい、家が荒ら屋、自分が貧民、全体的に汚い~~♪

自分は幸せなことに、祖父母も居たし、両親も居たし、兄弟も居たし、三度の食事もちゃんと食べられた~~♪

今から考えると、夢のような感じがする~~♪

小学生の低学年の頃から、偶にはお小遣いも貰えたし、学校には、毎日行っていた、近いので、途中で魚釣りに行ったり、木の実採りに行ったりという事はなかった~~♪

偶には、放課後なんかとっても退屈で、出掛ける気もしない、各種遊びもしない、家の周りにあった、薪やそんな物に座って、数人でダラダラ話しをしていると、偶に車やオートバイが通ることが有った。

当たり前の事であるけれど、それぞれ、エンジン音が違う、今よりよっぽど整備が悪いから、かなりの騒音であったように思うが、排気量によって一定の法則があるので、オートバイのナンバーの色が白、とか黄色とか言って、予言した奴が居た~~♪

それで暫く、道路に背を向けて、偶々川に向かうことになったが、時たま通るオートバイのナンバーの色を当てるのに、何日か熱中した。その後も何回かしたが、その内全中して、飽きた~~♪

埃っぽい、排ガスの匂い、オイルの焼けるような匂い、今でも、近い匂いで、フッとそんな景色を思い出すことが有る。

それは秋の日で、空にトンボが沢山居たが、傍にあった木造の壊れかけた塀に、多分、クロススメバチが、沢山這い回っていて、偶にアシナガバチも来て、誰も畏れることもなく、適当に数えたり、追っ払ったり呑気な少年時代~~♪

茫々とした歳月の彼方に~~♪

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2017年7月 3日 (月)

変なガキの普通の日々~~♪9.土器石器化石~~♪

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小学校の高学年の時に、土器の事を習って、直ぐ熱中して、色々遠征して、かなり土器を集めた。石器らしい物もかなり見つかった。化石も同じ仲間の様に感じて、これも有るところを教えて貰って、探しに行った、これもかなりの数になった。勿論全て歩いて行った。

土器の大きな破片は1回も見付けたことがない。多分縄文土器だったと思うが、最高大きくて、差し渡し5センチぐらいが、精々だった。みんなで持ち寄って、今考えると合うわけが無いのに、合う物が無いか散々調べた。

石器みたいな物、土器の欠片、魚や葉っぱの化石など100個以上有ったが、その内飽きて、段々散逸し、その内忘れた。

10年ぐらい前に、知り合った近所のお婆さんが、もう亡くなってしまったが、その甥御さんは、自分と同じように土器石器に魅せられて、その道に嵌って、それを究め、後に某東京大学の考古学の教授に成った。そのお婆さんと知り合った前後にはもう定年退官していたが、考古学に関する一般向けの本を何冊か貸して貰って読んだ。面白かった。そのお婆さん曰く、ご謙遜だろうけれど、一族の中では抽んでて頭脳明晰だったらしい~~♪

俺は典型的な土器の破片だったようだが、偶には翡翠の勾玉も有る~~♪






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2017年6月13日 (火)

変なガキの普通の日々~~♪8.カエルのお腹に藁で空気入れ実験~~♪


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カエルは、田圃に沢山居た。畦道を歩くと、次々に飛び跳ねた。殆どトノサマガエルだった。大きいのを簡単にすぐ何匹も捕まえることが出来た。そろそろ近づいて、手掴みできたし、水に飛び込んで泥の中に隠れても、そこがこんもりしているから、上から簡単に手掴みできた。

藁でお尻から空気を吹き込んで、偶に、おっちょこちょいが、吹く前に吸ったが、「ワッ」とか言っても、どうって事も無かった。

お腹をパンパンにして小さな池に放すと、暫くは潜れなくて何処にも逃げられない。何人かでそれを遣ると、結構シュールな光景だった。いずれ抜けるから死んだりはしなかった。当時流行の2B弾を口に突っ込んで爆発させたが、直ぐ死にはしなかったけれども、余りにも悲惨なので暫し盛り上がったが、直ぐに止めた。

カエルを瓶に入れてそこでも爆発させたが、戦乱の地で、地雷原にはまりこんだ、逃避中の村人の被害の様子を後年見て、同じような物だと思った。今考えると、かなり酷いことをしたものだと、ゾッとする。

当時お小遣いは良い日で一日10円でお菓子も欲しいし、当時ツユと呼んでいたが、色付きフレーバー付きの甘い飲物、ビニール系の容器に入っていたのも飲みたいし、それらを我慢して買った、2B弾だ。

自分で遣っておいて酷いと思ったぐらいだから、直ぐ止めたが、指に持っているときに爆発して、指先が真っ白になって、暫くの間かなり痛くて感覚も無かった。摘んでいた場所が悪ければ、かなり悲惨だったはずだ。

指が今でも付いているから、運が良かった~~♪

ついでに言えば、マッチのように擦って点火するのだが、普通のマッチと違って、何処に擦っても点火できた。白っぽい煙が勢い良く出ている内に水に入れると不発になるが、煙が黄色に変化して勢いが無くなると水に入れてもぶくぶく泡が出て、それから破裂した、偶にその黄色の煙の時間を読み違えて、持っている内に破裂したのだ~~♪

当時、多分10本か20本入りで10円位だったと思う。

多分今はそんな危険な物は売っていないと思うが、清く正しく美しい、現代から見れば、隔世の感が有る~~♪

カエルで思い出したが、カエル釣りも何回か遣った事がある。トノサマガエルは目の前で少し動く黒っぽい物を蠅と誤解して食いつく、という話しを仕入れてきた人が居て直ぐ実行。チカラシバの穂先に芒を23本残して後はむしり取り、根元で切ったものを、カエルの顔の数センチ前で、少しユラユラすると、余り覚えていないが、舌を出して飛び付いてくる、一瞬だけ釣れて、手掴みする前に空中で落下が多かった~~♪

馬鹿だと思ったわけではないか、毛針でウグイも釣っていたし、結構いい加減な物だと思った、勿論自分のいい加減さは棚に上げて~~♪



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